日中関係

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三光とは支那兵によるもの

投稿者: yuki6000jp 投稿日時: 2005/04/16 18:52 投稿番号: [56584 / 196466]
それにしても、各戦場で支 那軍は日本軍の数倍から数十倍の兵力を持ちながら、なぜまともに戦わなかったのだろう。
支 那の将軍達は自派の兵力をできるだけ温存したかった。支 那国内の政争において優位に立つには、日本軍との戦闘で兵力を失ったりしたら政治生命を絶たれることになる。だから、後方から反日、抗日を叫び日本軍を挑発しても、前線の指揮官はそれが日本軍を使って自分を消滅させようとしていることを知っていた。
支 那軍はどの部隊も日本軍と対峙し、いざ戦闘となると、中央から軍費や物資を搾取しながら、民衆からも略奪しつつ逃げ去ったのである。
支 那軍の伝統として、戦闘にあたってはまず直系の兵を後方に、他系の友軍を前面に配し敵と衝突させた。
また別の「督戦隊」が後退する友軍を射殺するので、退路を断たれた兵士は自暴自棄で抵抗せざるをえなかった。
敗残兵となって退走する際も銃器、軍服を捨て便衣に着替え、町や村で略奪、放火、暴行を行うので民衆は敗残兵を最も恐れた。その上、重要な道路、鉄道、橋脚、建物などを破壊・焼却しつくし、井戸には毒物や細菌を投入した。
支 那の不変の戦法「清野作戦」である。これが「三光作戦」として日本軍の行為にされてしまった。
支 那が攘夷を鼓舞し、たえず日本を挑発し戦いを好んだその理由は、戦争は兵士達にとって略奪のチャンスであり、将校にとっては賞金稼ぎのチャンスであり、指揮官にとっては蓄財の好機である。
指導者にすれば、ライバルを敵前に送り政敵を消耗させる絶好の機会ともなる。
支 那軍は抗日戦で百戦百敗しながら、蒋介石の閨閥や麾下の将軍達は大いに稼ぎ大財閥になった。
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