pcgn505e2000さん
投稿者: ringo_rn2 投稿日時: 2005/04/16 16:32 投稿番号: [56326 / 196466]
侵略の歴史観を植え付けられた私も、日本人である事を長く恥じていました。
周辺に暮らす在日朝鮮人の視線が痛かったです。
今思い返すと、本当に恥知らずな連中です。
勝手に日本に住み着いて日本批判ばかり。
>しかし、この1年ほどの間に、目が開いたのです。
>少なくとも、俺は日本人であることを誇りに思えるようになりました。
そう、この一年余りの間に、日本人の意識は大きく変わったと思います。
あの戦争はなんであったか。
マッカーサー曰く、日本の戦争は生存のための戦争であった。
支那での利益を日本に独占される事を恐れた欧米、ことにアメリカが日本の生命線の油を断った事、それが日米開戦の引き金となりました。
アジア諸国にとって、長らく植民地であったのに、同じ有色人種の日本が日露戦争において白人のロシアに勝利した事は大いなる励みとなるものでした。
「日本人は確かに厳しかった。しかし上手く出来たときもとても誉めてくれた。子供心に誇りに思えた。子供の労働については厳しく制限されていた。学校で皆勤すると全島民が集められて、その眼前で賞状を授与された。日本人は生きる技術を指導した。戦後アメリカが来た時は何でも与えるばかりで自立の道を奪うものだった。日本の悪行を宣伝するための教科書が与えられたが、古老らが厳しく否定して数年で教科書は書き換えられた。日本の非は非として我々は教科書に記述してきた。」
これはアバウトな記憶ですが、日本との友好を大切にしてくれるパラオの方々のお話をまとめたサイトにあるものです。
多分2ちゃんの方の手になるものでしょう。
これは メッセージ 56315 (pcgn505e2000 さん)への返信です.
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