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ベトナム戦争と韓国財閥

投稿者: kimimo_oreryuu_daro 投稿日時: 2005/04/16 12:39 投稿番号: [55945 / 196466]
韓国が持ち出したのか、米国が要求したのか、そもそも韓国軍のベトナム派兵をどちらが立案したのかは議論の分かれるところである。しかし、このベトナム戦争参戦を契機に韓国が「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長を成し遂げたことは事実だ。そしてその核となった企業が現在の財閥を築いていった。朴根好著「韓国の経済発展とベトナム戦争」(御茶の水書房、1993年)には、その間の経緯が詳述されている。本稿ではこの朴さんの労作に拠って、三つの韓国財閥のベトナム戦争中の姿をまとめてみたい。興味のある方はぜひ上記の本を手にとってもらいたい。

★韓進財閥★

現在、大韓航空のオーナーとして知られる韓進財閥は、ベトナム戦争中の軍事物資の輸送で急成長、政府より同航空を譲り受け、高速バス運行や海運業と合わせ陸海空の運輸財閥を築き上げた。そのきっかけは1966年に米国防総省と結んだ米軍装備と物資輸送の独占契約にあったという。その仕事はクイニョン港に荷揚げされた物資を韓国軍猛虎師団と米軍師団の各部隊まで輸送するものであったが、それは誰もやりたがらない危険な仕事であった。解放戦線ゲリラの奇襲で多くの労働者が死亡したという。ハイリスク・ハイリターンのこのビジネスによって、68年から71年までの4年間、韓国第1位の高額所得者となったといい、60年代の韓国で最も現金を多く持つ企業となった。韓国大企業の私債依存率が高かった当時、こうした現金は各企業への融資にも回されたという。

★現代財閥★

グループの核である現代建設は、ベトナム戦争中、米国の大手建設会社の下請けとして急成長した。朝鮮戦争後の復旧工事の独占ですでに財をなしていた同社は、1966年にカムラン港湾浚渫工事を請け負ったのがベトナムでの最初の仕事だったという。その後もメコン川のビンロン港、ミト港の浚渫工事を順調に請け負い、その後の中東進出に向けての経験を積んだ。この建設業以外で面白いのがクリーニング業への進出である。ニャチャン、クイニョン、カムランに軍相手の計七つの洗濯工場を設立、重要な収入源になったという。このようにして資本蓄積を図った同社はその後、現代自動車、現代重工業を設立、重化学工業部門の新興財閥としての地位を築き上げた。

★大宇財閥★

1967年に社員6人で設立された大宇実業は繊維製品の輸出で儲け、その後数々のライバル企業の買収に成功、75年には韓国10大財閥の7位にランキングされる驚異的な急成長を遂げた。そのきっかけは68年から3年間、ワイシャツの対米輸出独占権を獲得したことが大きかったという。ベトナム派兵の見返りとして、米国は韓国に大量の衣服を発注していたが、朴大統領はこれを大宇に優先的に与えた。現在、ベトナムで最も目立つ韓国企業と言えば大宇であるが、韓進、現代のように戦争中のベトナムを足場に財を成したというよりも、参戦による見返りとして米国市場が特恵的に開放された点が発展に大きく寄与した。いわば間接的なベトナム戦争による資本蓄積であったと言える。
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