>岩根大将の遺書
投稿者: julunta2024 投稿日時: 2005/04/16 12:17 投稿番号: [55924 / 196466]
松井大将の心根の優れたことを示す遺書だ。
中国人の誰がこのような高潔な遺書を残したか。
もしあれば、是非紹介して欲しい。
この遺書の示すところは、要するに、日本人は、潔いということだ。
百人切りをしたという荒唐無稽な話を新聞に書かれて処刑(リンチ)された二人の少尉も、「自分の死で少しでも罪がつぐなわれれば」と言って、死んでいったのであり、裁判の理不尽さはわかっていたが、無実を言い募る未練さを恥じたのだ。ここには、潔さがはっきり現れている。
こんな下の方の人物でも国家的責任をとる気持ちを持っていた。中国人の誰がこのような責任をとって死んでいったか。そんな高潔な人士がいたら、ぜひともこの場で紹介して欲しい。
確かに、中国にも、昔は国を思い、自分の死後の国家政策について真情溢れる遺書を残した諸葛孔明のような立派な人物がいた。
中国人は、そのほかにも、すばらしい幾多の優れた人物を生んだ国なのである。
ところが、現在の中国ときたら、デモ隊が乱暴狼藉して、人を傷つけても、建物に投石をしても、70年も前の復讐をしているのだとでも言いたいような愚かな国家指導者を上に頂き、国家経済も最貧国の状態に放置する状況である。
今の中国人にはかつてのような中華の矜持と廉恥心というものが全くないのか。
日本人が、最近でもすぐに謝罪するのは、ほとんどが「潔い」精神からであり、その罪を認めているわけではない。
悪いことをしていなければ謝らなければいいじゃないかというかもしれないが、謝るまで、自分が正しいといい募る中韓のしつこい追求がいやで謝っているだけだ。
もちろん、その点、ちゃんと反論しない政府外務省の責任は大きいのだが、日本人というのは本来そのような理屈を言うのを好まない国民性を持っている。
そんなことをぐずぐずいっている暇があったら、明日に向かって勤勉に働いてよりよい未来をめざしたほうが良いと考える性質なのだ。
だからこそ、現在の発展があったとも言える。
一方、過去にこだわって、それをネタに責任を追求する中で、強請りたかり紛いの賠償金をしつこく要求する二三の国は、他国の財産に頼っているからいつまでも自立できず、未だにぐずぐずと日本に文句を言い続けている有様というわけである。
ったく情けない話である。
松井大将には、裁判途中に弁明した建白書がある。こちらには、虐殺について全く知らないと述べている。
攻め方の総司令官が、30万人も相手を殺して、そのことを全く知らないということがあるだろうか。
彼が誰かさんほどに嘘つきでないことは明白である。殺したら、殺したとはっきり言う人物である。
その点、毛沢東は一千万人とか二千万人とか殺したと告白しているから、正直だとは言える。
松井は、死ぬのだから、そのくらいの罪は告白するはずだが、言っていない。していないからである。
君は、松井大将のことを一体どれだけ知って語っているのか。
それとも、故意に知っている都合の悪い部分を省略してしゃべっているのか。
きちんと答えてもらいたい。それを答えようとしないで、論点をそらして自分に都合のいい文章だけを引用しているだけだ。
といっても、この遺書に関しても、しっかりと読めば、松井は虐殺など認めたわけではない。認めるわけがない。知らないのだから。
彼が、日本人にありがちな責任感が強く潔い性格のために、したわけでもない責任をとって死んでいったのは、はっきりしている。恐らく、漠然とした戦争責任を感じたのだ。死に当たってじたばたしたくなかったというのが、彼の本心であろう。
君は、自分に都合のいいことばかりではなく、都合の悪いことを書いた書物を、何冊読んだのか。はっきり答えてもらいたい。
その上で、自分の方が正しいと主張するのが、近代人としての実証的態度というものだ。
それができなければ、君は論争に参加する資格さえないだろう。 論争とは、自分の意見を主張するとともに、相手の意見の中で正しいと思われるところは認め、更に自分の意見が正しいことを言うことなのだ。もちろん間違っていれば、引き下がるか、相手の意見を潔く正しいと認めるか、それが正しい論争というものなのだ。
中国人の誰がこのような高潔な遺書を残したか。
もしあれば、是非紹介して欲しい。
この遺書の示すところは、要するに、日本人は、潔いということだ。
百人切りをしたという荒唐無稽な話を新聞に書かれて処刑(リンチ)された二人の少尉も、「自分の死で少しでも罪がつぐなわれれば」と言って、死んでいったのであり、裁判の理不尽さはわかっていたが、無実を言い募る未練さを恥じたのだ。ここには、潔さがはっきり現れている。
こんな下の方の人物でも国家的責任をとる気持ちを持っていた。中国人の誰がこのような責任をとって死んでいったか。そんな高潔な人士がいたら、ぜひともこの場で紹介して欲しい。
確かに、中国にも、昔は国を思い、自分の死後の国家政策について真情溢れる遺書を残した諸葛孔明のような立派な人物がいた。
中国人は、そのほかにも、すばらしい幾多の優れた人物を生んだ国なのである。
ところが、現在の中国ときたら、デモ隊が乱暴狼藉して、人を傷つけても、建物に投石をしても、70年も前の復讐をしているのだとでも言いたいような愚かな国家指導者を上に頂き、国家経済も最貧国の状態に放置する状況である。
今の中国人にはかつてのような中華の矜持と廉恥心というものが全くないのか。
日本人が、最近でもすぐに謝罪するのは、ほとんどが「潔い」精神からであり、その罪を認めているわけではない。
悪いことをしていなければ謝らなければいいじゃないかというかもしれないが、謝るまで、自分が正しいといい募る中韓のしつこい追求がいやで謝っているだけだ。
もちろん、その点、ちゃんと反論しない政府外務省の責任は大きいのだが、日本人というのは本来そのような理屈を言うのを好まない国民性を持っている。
そんなことをぐずぐずいっている暇があったら、明日に向かって勤勉に働いてよりよい未来をめざしたほうが良いと考える性質なのだ。
だからこそ、現在の発展があったとも言える。
一方、過去にこだわって、それをネタに責任を追求する中で、強請りたかり紛いの賠償金をしつこく要求する二三の国は、他国の財産に頼っているからいつまでも自立できず、未だにぐずぐずと日本に文句を言い続けている有様というわけである。
ったく情けない話である。
松井大将には、裁判途中に弁明した建白書がある。こちらには、虐殺について全く知らないと述べている。
攻め方の総司令官が、30万人も相手を殺して、そのことを全く知らないということがあるだろうか。
彼が誰かさんほどに嘘つきでないことは明白である。殺したら、殺したとはっきり言う人物である。
その点、毛沢東は一千万人とか二千万人とか殺したと告白しているから、正直だとは言える。
松井は、死ぬのだから、そのくらいの罪は告白するはずだが、言っていない。していないからである。
君は、松井大将のことを一体どれだけ知って語っているのか。
それとも、故意に知っている都合の悪い部分を省略してしゃべっているのか。
きちんと答えてもらいたい。それを答えようとしないで、論点をそらして自分に都合のいい文章だけを引用しているだけだ。
といっても、この遺書に関しても、しっかりと読めば、松井は虐殺など認めたわけではない。認めるわけがない。知らないのだから。
彼が、日本人にありがちな責任感が強く潔い性格のために、したわけでもない責任をとって死んでいったのは、はっきりしている。恐らく、漠然とした戦争責任を感じたのだ。死に当たってじたばたしたくなかったというのが、彼の本心であろう。
君は、自分に都合のいいことばかりではなく、都合の悪いことを書いた書物を、何冊読んだのか。はっきり答えてもらいたい。
その上で、自分の方が正しいと主張するのが、近代人としての実証的態度というものだ。
それができなければ、君は論争に参加する資格さえないだろう。 論争とは、自分の意見を主張するとともに、相手の意見の中で正しいと思われるところは認め、更に自分の意見が正しいことを言うことなのだ。もちろん間違っていれば、引き下がるか、相手の意見を潔く正しいと認めるか、それが正しい論争というものなのだ。
これは メッセージ 55809 (g0007n さん)への返信です.
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