sinakirai_rinjitaishi
投稿者: chord311 投稿日時: 2005/04/13 06:52 投稿番号: [51003 / 196466]
シーナさんの投稿、読ませてもらったよ。
観点がするどいし、おれの意見の「軽さ」も指摘してもらった。
同時に、おれの持ってない歴史認識にも触れることができた。
個人的な意見だが、日本固有の「神道」は「形」にそれほどこだわらないんじゃねーのか?仏教・密教、のちにキリスト教流儀の西洋形而上学が輸入されて、分かりにくくなってるけど。
靖国神社の政治的重要性は誰もが認めるけど、宗教的位置づけ、と、政治的位置づけ、は分離できないのか?
日本人の精神構造に関わってるとは思うんだが。
明治の「偉人」に関しては同意見。
幸・不幸問わず、西洋世界に「国」として認められたのは日露戦争に勝ってから、というのは事実だ。
そこに至るまでの国家基盤を創造したのも維新であり、維新の方法は世界でもリスペクトされている。
ただ、(ぬるいなと言われそうだが)、「競合」と「闘争」はもう同義語じゃないぜ。
「象徴戦争」あるいは「戦争」なんて言葉も、ある意味廃れてる。
それが、「個人」を築き上げるのに、どう影響しているのかは判断しかねるが。
仮に死者に霊があるとする。
魂。
おもしろいことにも、これは仏教的思想になっちまうんだけどね。
自分が生きている間にすべてをやり尽くした個人は、もう現世なんぞにこだわらないんじゃねーの?
「神社」に「天皇」以外の氏を祭るのも、実はどうかと思うぜ、「神道」の観点からすると。
それでも、当時の武士の気持ちは汲み取れるけどね、国が占拠され、それでもどう抵抗するか、それでも自分達のアイデンティティー(自己同一)をどう保つか、って。
豊かさはひとまずある。
物理的には。
心、精神に問題があるのは、もちろんお互い問題視してるし、これは人間として常に課題とされることだし。
そこは、日本人のみならず、世界中の人が再度自分自身に課さねばならない、本題、でもあるんだけどね。
長くなっちまいました。
すまん。
これは メッセージ 50961 (sinakirai_rinjitaishi さん)への返信です.
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