バカだね、良く嫁よ
投稿者: apoxy7 投稿日時: 2005/04/12 21:44 投稿番号: [50210 / 196466]
幣原喜重郎内閣というのは、戦後だよ戦後。
「第一次南京事件」について
幣原喜重郎が"外交五十年"でこう書いている。
青年士官の憤激
蒋介石軍は、それから揚子江を下って、南京に入った。
この軍隊は俄か仕立ての軍隊や、あるいは共産分子などと言われた訓練のない兵隊たちもおって、それが南京に着くなり、外国人と見ると盛んに暴行、略奪をやった。英米人の中には各々1、2名殺害されたものがいた。
日本居留民は幸いに殺害を免れたが、他の居留民同様、徹底的の略奪にあった。
・・・・・・<中略>・・・・・・・
当時何人が言い出したか知らないが、何でも幣原外相が日本の砲艦に発砲を禁ずる訓令を発したとの風説を流布したものがあった。
私が軍艦の行動を指揮する立場にいなかったことは、申すまでもない。
あれは南京の居留民が、
シベリア出兵のとき、ニコラエフスクで日本居留民の大虐殺が行われたのを伝え聞いて、
【もし日本の軍艦が発砲したら、事はそれだけでは済まない。今では暴行略奪に止まっているが、今後は生命に危害を加えるかも知れない、
と居留民が艦長に泣きつき、
「どうか我慢をして発砲しないで下さい」と嘆願した。】
「よしッ」といって、艦長は快く引き受けた。そして、艦長は自分だけ飲み込んでいて、部下の誰にも知らせず、発砲を命令しなかったという。そんな事件があった。それを部下の若い士官は、親の心子知らずで、ひたすら私が発砲を禁じたと思い込んで憤慨し、国内でも衆怨は私に集まった。
これは メッセージ 50017 (akanbei_21c さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/50210.html