花岡事件
投稿者: apoxy7 投稿日時: 2005/04/12 15:25 投稿番号: [49819 / 196466]
戦争と罪責 野田正彰
「花岡事件」の慰霊祭の時、いつも自分たちは何も分かっていないと思う。
私もそこに参加し、中国から来られた方に会っているんです。
そんな時、ある生存者は慰霊碑に彫られた姓名を一つ一つ手で探りながら、
気を失っていきました。
日本側の使用者は、強制労働させている中国人に
十分な飯を与えず、殴る、蹴る、病気になっても放置。
冬は着るものもなく、セメント袋を体に巻いて、震えながら働いていたというのです。
そうやって、故郷に残した家族のことを思いながら死んでいった仲間の名を、
手先に感じ取っているのです。
あるいは、父を殺された娘さんは法要が始まった時から終わるまで、
ずっと泣いていました。
50年たっても、遺族の悲しみは少しも軽くなっていない。
何も悪い事をしていない、畑で働いているのをそのまま捕らえ、日本に連行してくる。
寒さと飢えの中で、恨みを呑んで死んでいった。帰りたいの一念だった。
そんな中国人の事を思い、また彼らの無念を思って胸さける遺族の悲しさを思うと、
私たちは何も分かっていないと感じるのです。
これは メッセージ 49810 (guest11111111111111111111 さん)への返信です.
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