日中関係

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蒋介石父子の日記公開へ

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/04/07 19:38 投稿番号: [46095 / 196466]
国民党政権下の台湾で総統を務めた故蒋介石、経国父子の日記が、遺族から米スタンフォード大学に寄託され、デジタル化を含む資料の整理が進んでいる。

蒋介石の日記は一九一八年にさかのぼるもので、中国共産党との内戦や日中戦争、戦後台湾の復興期など、激動の東アジア近代史が権力者の目で記録されている。

蒋父子の日記がいつ、どの範囲で公開されるかは未定だが、中国大陸と台湾、日本にまたがる第一級の歴史資料として注目を集めそうだ。(台北   河崎真澄)

蒋介石の日記は、軍閥割拠が続く中国大陸で、軍事指導者として頭角を現しつつあった一九一八年に始まり、台北で死去する七五年までほぼ毎日、一ページずつつづられた。

長男の経国の日記は、留学先のソ連(当時)から中国に戻り、国内工作に従事していた三九年から、総統就任後の七九年までとされる。

数万ページに及ぶ父子の日記は、経国の三男、故蒋孝勇氏(一九九六年死去)の夫人の蒋方智怡さんが保管していたが、蒋介石の没後三十年(今月五日)を前にスタンフォード大に原本をすべて送り、内容の研究を依頼することにした。
 
国民党党史館の邵銘煌主任(政治大学歴史学部助教授)によると、蒋父子の日記には、交友関係など私的な内容が含まれていたこともあり、過去にはごく一部しか公開されていなかった。
 
邵主任も非公開部分の日記を一部研究しているが、新たな史実として「西安事件」と「朝鮮戦争」を例にあげた。
 
国共内戦が激しくなった三六年、共産党の抗日統一戦線結成の呼びかけに傾いていた東北軍の指導者、張学良が、督戦中の蒋介石を西安で軟禁した上、抗日救国路線への転換を迫った「西安事件」。

蒋介石は抗日に積極的ではなかったとされるが、邵主任の調査では、北伐軍が山東に出兵した日本軍と衝突した「済南事件」(二八年五月三日)の日記から、蒋介石は連日、「雪恥」(恥をそそぐ)の二文字で日記を書き始めていたことが確認された。
 
記述内容を含め、邵主任は「西安事件以前から蒋介石は日本への雪辱を誓っていたことは疑いない」と指摘する。
 
国民党政権の台湾移転後の五〇年に始まった「朝鮮戦争」では、反共の立場から軍派遣を計画したが、当時の米首脳部に軍事行動を厳しく抑えられ、蒋介石が屈辱感を味わった記述などが記されているという。(産経新聞)

蒋介石は反共なんだ。 ふ〜ん。
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