日中関係

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ティミッド氏に再質問

投稿者: becam1110 投稿日時: 2005/03/27 11:58 投稿番号: [44937 / 196466]
>確かに、
読書で、民度の低さを補うことができそうですね。


「民度の低さ」というけど、その「民度」ということの意味が分かっているのかと思いますね。
  「民度」という場合、民衆個人の尊重性ないし民主ということの度合いであって、たとえば、「王度」なら王の強さ、「皇帝度」なら皇帝支配の強さを表現するわけです。
  つまり、民衆の支配度ないし民衆がいかに主体的な「民」として認められているかが、「民度」の度合いを意味しているわけであり、今流に言えば、民主主義の度合いということです。
  この民主の度合いとは、「民」がいかにそれぞれ自己実現を果たしているかの度合いであり、他の「民」と自分を合わせたり、統一的意見を作って、それにみんなの意見を沿わせようというような全体主義とは全く別のものです。
  この場合、民主主義では、個人は、性や性格や境遇や能力などすべて違いますから、自己実現は決して同じような存在形式をとることはありません。すべて、いわば個性的に違った生き方をするのです。これを民主主義といいます。すなわち、個人の尊重ということが前提です。
  では、中国の場合、どのように民主主義的かと考えて見ますと、その自己実現の機会が与えられる絶好の機会である図書館が余りなく、図書を買って読むということですが、その頻度や書物の内容や程度はどれくらいなのかがわかりません。
  また、そうなると、一般に貧しいといわれる農村地帯の人々には、そのような形での自己実現の機会が与えられない傾向が強いということになりますね。
  つまり、中国人の80%以上を占めるといわれる農村地帯の人たちは、余り民度を高めることができないわけです。
  都会だって一部の人はその機会はあるでしょうが、図書館がないということは、民度の広がりが余り期待できないことは当然でしょう。
  なのに、あなたは中国人の民度が日本人より高いというようなことを言っているし、「図書は民度の低さを補う」というようなことを言っていますが、補うべき前提となる「民度」が果たして中国にあるのか疑問です。
  そもそも、あなたの言う「民度」というのは何なのでしょうか。
  その、もともとの、「民度」という考え方さえも、中国では怪しいのではありませんか。
  つまり、そのような「民度」を前提にして日本人を判断しようとするのは、間違いであり、中国人の民度が高いという前提も間違っているわけです。
  図書館は作らないが、虐殺記念館は全国に数百作るというのは、どう見ても民度を高くしようという国家の意思があるかどうかが疑われるところです。
  少なくとも、民度という言葉においては、逆の立場や反対者、外国の様々な資料、日本人の意見など、公平な立場から判断できる客観的資料が全面的に取り揃えられていなければなりません。
  このようにしてこそ多様な個人の個性が生かされ、それぞれの個人の自己実現性が保障されるのです。
  それなのに、あなたは、簡単に、それを「おぎなえる」という言葉で、すまそうというのは、実はあなた自身の民度が低いと思われても、しかたがないのではないかと思います。
  「民度」という言葉さえ余り知らない、ともいえるかもしれません。
  言い過ぎがあれば、謝りますが、そこらのことをお聞きしたいと思います。
  また、虐殺記念館については、又聞きですので、数や場所、規模や内容、パンフレットが紹介できれば紹介など、その正しい情報をご存知でしたら、あわせて聞かせてください。
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