「自虐史観」という言葉の問題
投稿者: asiania0jp 投稿日時: 2005/03/16 06:55 投稿番号: [44469 / 196466]
「自虐史観」という言葉を改めねばならない。
この「自虐史観」という言葉には、「日本人は自虐的」だというイメージを連想させるものがある。
しかし、自分が自虐的であるなどと感じたり思ったりしている日本人はほとんどいないだろう。
それ故に、「自虐史観」という言葉を聞くだけで、あれは右翼の主張だ。自分には関係ないことだと思ってしまう人が多いのではなかろうか。
「南京大虐殺」や「従軍慰安婦の強制」問題が、朝日を中心とした左翼プロパガンダの捏造であることは周知の事実である。
多くの日本人は事実関係を知らされないままに捏造記事に踊らされていたわけである。
教科書問題もまた同様である。
要は、事実関係を正確に記述するという基本に徹すれば良いだけなのだ。
余計な評価を挿むから左翼プロパガンダの餌食になるのだ。
「認識」と「評価」は峻厳に区別されるべきものである。
「認識」は主に理性・知性の問題であるが、「評価」は「価値観」の伴う領域である。
「価値観」が異なれば「評価」も分かれるのは当然なのだ。
読み書き・四則演算のできる子供であれば、正確な事実関係を教えるだけで、上記の歴史問題が如何に虚偽に満ち溢れたものであるかは理解できるのだ。
そのような意味でも「自虐史観」という言葉は「捏造史観」に改めるべきである。
「何が真実か」を気づかせる為には「捏造史観」のほうがインパクトがあろう。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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