カロルのルポ『毛沢東の中国』
投稿者: uyokujanaimon 投稿日時: 2005/03/13 14:06 投稿番号: [44395 / 196466]
「私が訪れたあらゆる公社で、冷酷な地主、搾取される農民、川に捨てられた、あるいは売られ、あるいは寒さや餓えで死んだ子供ばかりが出てくる話を聞かされた。また、どこへ行っても、旧体制の残虐行為の写真が展示されていて、こういう物語を図解している・・・・・これらの物語は、過去への復帰が望ましいことでもなければ、可能なことでもなく、現在のどんな困難でも、昔の苦しみに比べればとるに足らなぬことを思い出させる」(鳥居民『「反日」で生きのびる中国』、p.56からの孫引き)
1960年代に書かれたこのルポの背景は、かつて毛沢東がやった政策の破綻だったわけです。中共独裁者どもの、最初の大嘘全国キャンペーンといえ、その味をしめた独裁者どもは、その後も、国内政敵や歴史上の人物(たとえば孔子)や外国に「悪役」の座に据えて、繰り返しやっているわけです。
1960年代は、「地主」や「アメリカ」が最大の「悪玉」だったようですね。
毛沢東は「人民公社化」「大躍進」などの集団化政策を開始(1958年)したのですが、みごとに失敗し経済は崩壊、統治機構はガタガタ。以後数年にわたり、数千万人規模の餓死者まで出すほどの危機になった。共産党への不信や離反が広がり、統制がとれなくなって、権力基盤が崩れかけたとき始められたのが「階級苦」「民族苦」を「弁論」させる全国一大キャンペーン。弁論大会のようなのを全国各地で無数に開き、賞を与え、さらに新聞で褒めたり、尾ひれをつけて解説して人民を徹底的に煽った。
人民大衆は、半分は、それに応じて、あること・ないことつくり話でもすれば、持ち上げられ、英雄とたたえられ、地元で鼻高々。金品をどれくらいもらったかは知らないが。当時の中国はメディアの原始時代(今もか?)、活劇の語り部がいて、群衆がそれを聞いて楽しむ。「階級苦」「民族苦」などといって「グルシイ〜」とパフォームさせながら、アハハハと何億人をも楽しませてくれて、それで中共独裁者も、イヒヒヒ、ウヒョヒョヒョ、プププと喜んだというわけです。
毛沢東が、そんな「人民悶絶全国コンテスト」の優勝者に選んで、その頂点に祭り上げられたのは「ライホウ」という名前の人民軍兵士だったそうだ・・・・・続きは、アホらしいので止めます。(笑)
そういう紆余曲折を経て、今はわが日本国が、崩壊寸前・中禍ファシスト独裁政権の「愛国コンテスト」の餌食にされている、ってわけです・・・我々も、大いに楽しみましょう。(笑)
1960年代に書かれたこのルポの背景は、かつて毛沢東がやった政策の破綻だったわけです。中共独裁者どもの、最初の大嘘全国キャンペーンといえ、その味をしめた独裁者どもは、その後も、国内政敵や歴史上の人物(たとえば孔子)や外国に「悪役」の座に据えて、繰り返しやっているわけです。
1960年代は、「地主」や「アメリカ」が最大の「悪玉」だったようですね。
毛沢東は「人民公社化」「大躍進」などの集団化政策を開始(1958年)したのですが、みごとに失敗し経済は崩壊、統治機構はガタガタ。以後数年にわたり、数千万人規模の餓死者まで出すほどの危機になった。共産党への不信や離反が広がり、統制がとれなくなって、権力基盤が崩れかけたとき始められたのが「階級苦」「民族苦」を「弁論」させる全国一大キャンペーン。弁論大会のようなのを全国各地で無数に開き、賞を与え、さらに新聞で褒めたり、尾ひれをつけて解説して人民を徹底的に煽った。
人民大衆は、半分は、それに応じて、あること・ないことつくり話でもすれば、持ち上げられ、英雄とたたえられ、地元で鼻高々。金品をどれくらいもらったかは知らないが。当時の中国はメディアの原始時代(今もか?)、活劇の語り部がいて、群衆がそれを聞いて楽しむ。「階級苦」「民族苦」などといって「グルシイ〜」とパフォームさせながら、アハハハと何億人をも楽しませてくれて、それで中共独裁者も、イヒヒヒ、ウヒョヒョヒョ、プププと喜んだというわけです。
毛沢東が、そんな「人民悶絶全国コンテスト」の優勝者に選んで、その頂点に祭り上げられたのは「ライホウ」という名前の人民軍兵士だったそうだ・・・・・続きは、アホらしいので止めます。(笑)
そういう紆余曲折を経て、今はわが日本国が、崩壊寸前・中禍ファシスト独裁政権の「愛国コンテスト」の餌食にされている、ってわけです・・・我々も、大いに楽しみましょう。(笑)
これは メッセージ 44394 (uyokujanaimon さん)への返信です.
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