反日・反中感情は一つの現象
投稿者: leopard2a6hel 投稿日時: 2005/02/26 11:56 投稿番号: [43998 / 196466]
以下「中国情報局」から引用:
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反日・反中感情は一つの現象、相手国の理解必要
ネットの書き込みは数名か十数名で行われている
昨年秋頃から日本と中国の一部で反中、反日感情が増幅している。両国には以前からこのような感情が存在していたことは事実だが、昨今の状況は過去最悪とも言われている。サッカーのアジアカップにおける中国人サポーターの暴挙、原潜の領海侵犯、そして、これら事件を契機とした日本側の中国批判。2005年になってやや沈静化したようにも思えるが、両国の交流において今後も大きな懸念材料である。
しかしながら、ごく一般的な中国人と日本人のそれぞれと両国に対する印象について話をしてみると、殆ど反日、反中的な発言を聞くことはない。逆に最近の反日、反中風潮に嫌悪感を示す人のほうが多いように思う。たまたま、私がそういう人たちに囲まれているのかもしれないとも考えたが、日中双方のネット上の掲示板やメディアにおける論調を冷静に見てみると私の印象が必ずしも間違っていないのではないかと思えるようになった。
現在、日中のネット上における反中、反日の書き込みは罵詈雑言の応酬といった様相である。中国側は過去の日本の行為に対して、日本は中国側の体制や日本国内における中国人の犯罪行為などを激しく罵っている。匿名というネット上の特性も影響して、読むだけで嫌な気分になる内容ばかりである。これらを漫然と見ていると日中間は最悪な状況になっていると感じてしまうのだが、冷静に書き込み者の名前(サイルネームだが)を見てみると然程多くが参加しているわけではなく、数名、多くても十数名が激しくやりあっているに過ぎないことが判る。
しかも、発言者の多くは問題を解決しようという意思は全くなく、最初から相手国を攻撃しようとしているため何が起こっても友好的な解釈はしない。こうした人たちの発言のみに囚われて日中の関係を考えては全体の判断を誤ることになりかねない。また、日本では、一部の政治家を含め、反社会主義、反共産主義者がイデオロギーの観点から中国を敵視しているにすぎず、まさに、日本の諺でいう「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」という形容が最も似合う事象である。
一方、中国でも歴史教育の中で過去の日本における帝国主義を悪として、これに打ち勝った現在の中国共産党を賛美する教育が行なわれてきた。これを指して中国の反日教育とするのであるが、その結果として一部の中国人に日本に対する激しい憎悪が生まれたことも事実である。こうした他国を敵視するようになりかねない思想教育は非常に愚かなものであり、今後修正しなければならない中国の課題の一つと言えよう。
国家や一個人に拘わらず、仮想敵国を作ろうとするのは、自らの攻撃性や立場を正当化しようとする場合に行なわれることである。例えば実際には攻撃される可能性は低いのに強大な軍事力を保有しようするには軍事的脅威を仮定でも作る必要がある。日中両国とも近隣諸国に脅威を設定しようとすると経済力や国力から見て、どうしても夫々中国と日本をお互いに脅威とみなすことになってしまう。
だが、多くの国民は戦闘行為で生活しているわけではない。通常は正当な経済行為によって生活の糧を得て平穏な生活を営もうとしているのである。仮想敵国は必要としていないし、極端な考え方をすれば自らの生活が脅かされなければ国家自体もどうでもよい存在なのである。こうした考え方は利己的であると非難されるかもしれないが、現実的には日本でも中国でも多くの国民がそのように考えているように思えてならない。いずれにせよ相手国のことを理解しようとする努力が国際社会で両国が発展していくために必要なことではないだろうか。
http://forum.searchina.ne.jp/2005/0225/column_0225_001.shtml
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反日・反中感情は一つの現象、相手国の理解必要
ネットの書き込みは数名か十数名で行われている
昨年秋頃から日本と中国の一部で反中、反日感情が増幅している。両国には以前からこのような感情が存在していたことは事実だが、昨今の状況は過去最悪とも言われている。サッカーのアジアカップにおける中国人サポーターの暴挙、原潜の領海侵犯、そして、これら事件を契機とした日本側の中国批判。2005年になってやや沈静化したようにも思えるが、両国の交流において今後も大きな懸念材料である。
しかしながら、ごく一般的な中国人と日本人のそれぞれと両国に対する印象について話をしてみると、殆ど反日、反中的な発言を聞くことはない。逆に最近の反日、反中風潮に嫌悪感を示す人のほうが多いように思う。たまたま、私がそういう人たちに囲まれているのかもしれないとも考えたが、日中双方のネット上の掲示板やメディアにおける論調を冷静に見てみると私の印象が必ずしも間違っていないのではないかと思えるようになった。
現在、日中のネット上における反中、反日の書き込みは罵詈雑言の応酬といった様相である。中国側は過去の日本の行為に対して、日本は中国側の体制や日本国内における中国人の犯罪行為などを激しく罵っている。匿名というネット上の特性も影響して、読むだけで嫌な気分になる内容ばかりである。これらを漫然と見ていると日中間は最悪な状況になっていると感じてしまうのだが、冷静に書き込み者の名前(サイルネームだが)を見てみると然程多くが参加しているわけではなく、数名、多くても十数名が激しくやりあっているに過ぎないことが判る。
しかも、発言者の多くは問題を解決しようという意思は全くなく、最初から相手国を攻撃しようとしているため何が起こっても友好的な解釈はしない。こうした人たちの発言のみに囚われて日中の関係を考えては全体の判断を誤ることになりかねない。また、日本では、一部の政治家を含め、反社会主義、反共産主義者がイデオロギーの観点から中国を敵視しているにすぎず、まさに、日本の諺でいう「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」という形容が最も似合う事象である。
一方、中国でも歴史教育の中で過去の日本における帝国主義を悪として、これに打ち勝った現在の中国共産党を賛美する教育が行なわれてきた。これを指して中国の反日教育とするのであるが、その結果として一部の中国人に日本に対する激しい憎悪が生まれたことも事実である。こうした他国を敵視するようになりかねない思想教育は非常に愚かなものであり、今後修正しなければならない中国の課題の一つと言えよう。
国家や一個人に拘わらず、仮想敵国を作ろうとするのは、自らの攻撃性や立場を正当化しようとする場合に行なわれることである。例えば実際には攻撃される可能性は低いのに強大な軍事力を保有しようするには軍事的脅威を仮定でも作る必要がある。日中両国とも近隣諸国に脅威を設定しようとすると経済力や国力から見て、どうしても夫々中国と日本をお互いに脅威とみなすことになってしまう。
だが、多くの国民は戦闘行為で生活しているわけではない。通常は正当な経済行為によって生活の糧を得て平穏な生活を営もうとしているのである。仮想敵国は必要としていないし、極端な考え方をすれば自らの生活が脅かされなければ国家自体もどうでもよい存在なのである。こうした考え方は利己的であると非難されるかもしれないが、現実的には日本でも中国でも多くの国民がそのように考えているように思えてならない。いずれにせよ相手国のことを理解しようとする努力が国際社会で両国が発展していくために必要なことではないだろうか。
http://forum.searchina.ne.jp/2005/0225/column_0225_001.shtml
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これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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