仏共産党からみた中共の姿
投稿者: kisikaisei2004 投稿日時: 2005/02/17 19:24 投稿番号: [43829 / 196466]
以下、少し古いルモンド記事からの抜粋です。
基調としては、「武器を買ってくれるから褒めてあげます」との内容ですが、
北京のお友達フランス共産党から見た中共の姿なら、中国人も信じますか?
14億とも、15億とも言われる人口に押し潰されそうな中共政府。
お家事情が大変なことは判るけど、先進国で最も覇権主義の薄い日本を敵に回すのは、
同じアジア人として愚か過ぎる手法だと思うよ!
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この国を襲った重大で悲劇的な危機は、1989年の天安門事件だけにとどまった。これは体制の正統性の危機であり、権威主義の継続と政治腐敗に対して一部の学生と都市住民が示した大規模な拒否反応だった(2)。この事件は、経済改革がぶつかった難局であると同時に、現行政府が国民に対して独裁制の論理で臨んでいることの確証ともなった。この論理は、当初は暴力的な弾圧という形で強制されたが、やがてもっと柔軟で巧妙な方法で課せられるようになった。
西洋の社会主義から引き出される新しい解放主義的な命題(民主主義、国民の権限など)の大部分は、徐々に後方に追いやられ、さらには有害視されるようになった。このため、西洋の多元主義の意味に敏感に反応し、人民解放という革命の意義に固執した少数民族に対しては、早くから激しい掃討運動が繰り返された。毛沢東でさえも、農民が一種の自己解放を行なうべきだという1920年代の持論を早々に放棄した。
中国のナショナリズムには、国家主義的、権威主義的、かつ反民主的だという特徴がある。そこには一方公式姿勢とは裏腹に、国民の政治意識を徹底的に薄めてきた。そうすることで、大衆を蚊帳の外におくという政権掌握以前からの反民主的な路線を続け、さらには強めてきたのだ。
現在の中国は、資本主義時代を迎え、活気に満ちていると同時に、あまりにも早く深刻な不平等を生み出している。都市部では、ドルで数えても億万長者という資産家がいる一方で、多数の人々が貧困に苦しんでいる。僻地の農村部には、この国に経済成長などなかったかのように、貧しさの中で暮らしている人たちがいる。彼らの貧しさは、まず公にはされないが、時には極貧にさえいたる。一方には社会的な活力が溢れ、他方では社会的な分断と政治的な無力を抱えているというのが、現在の中国の姿である。
実現できるはずもないイデオロギー・社会・経済の全面的な管理(いわゆる全体主義の論理)を断念したわけだ。その代わり、大きな方針に関する指導権とそれを課していくための手段は、より効果的と思われるような形で維持している。もちろん、弾圧手段の絶対的な独占と、その大抵は専横的な使用を手放すこともない。
都市部では社会問題が深刻だ(都市に流入した農民、失業中の都市労働者、国内の新興資本や外国資本による歯止めなき搾取)。党と政府がこれまで以上の配慮を見せているにもかかわらず、環境問題は収まらず、エネルギー問題と食料問題も続いている。成金と新参の党幹部はますます尊大に振る舞い、汚職もいつまでもはびこっている。
基調としては、「武器を買ってくれるから褒めてあげます」との内容ですが、
北京のお友達フランス共産党から見た中共の姿なら、中国人も信じますか?
14億とも、15億とも言われる人口に押し潰されそうな中共政府。
お家事情が大変なことは判るけど、先進国で最も覇権主義の薄い日本を敵に回すのは、
同じアジア人として愚か過ぎる手法だと思うよ!
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この国を襲った重大で悲劇的な危機は、1989年の天安門事件だけにとどまった。これは体制の正統性の危機であり、権威主義の継続と政治腐敗に対して一部の学生と都市住民が示した大規模な拒否反応だった(2)。この事件は、経済改革がぶつかった難局であると同時に、現行政府が国民に対して独裁制の論理で臨んでいることの確証ともなった。この論理は、当初は暴力的な弾圧という形で強制されたが、やがてもっと柔軟で巧妙な方法で課せられるようになった。
西洋の社会主義から引き出される新しい解放主義的な命題(民主主義、国民の権限など)の大部分は、徐々に後方に追いやられ、さらには有害視されるようになった。このため、西洋の多元主義の意味に敏感に反応し、人民解放という革命の意義に固執した少数民族に対しては、早くから激しい掃討運動が繰り返された。毛沢東でさえも、農民が一種の自己解放を行なうべきだという1920年代の持論を早々に放棄した。
中国のナショナリズムには、国家主義的、権威主義的、かつ反民主的だという特徴がある。そこには一方公式姿勢とは裏腹に、国民の政治意識を徹底的に薄めてきた。そうすることで、大衆を蚊帳の外におくという政権掌握以前からの反民主的な路線を続け、さらには強めてきたのだ。
現在の中国は、資本主義時代を迎え、活気に満ちていると同時に、あまりにも早く深刻な不平等を生み出している。都市部では、ドルで数えても億万長者という資産家がいる一方で、多数の人々が貧困に苦しんでいる。僻地の農村部には、この国に経済成長などなかったかのように、貧しさの中で暮らしている人たちがいる。彼らの貧しさは、まず公にはされないが、時には極貧にさえいたる。一方には社会的な活力が溢れ、他方では社会的な分断と政治的な無力を抱えているというのが、現在の中国の姿である。
実現できるはずもないイデオロギー・社会・経済の全面的な管理(いわゆる全体主義の論理)を断念したわけだ。その代わり、大きな方針に関する指導権とそれを課していくための手段は、より効果的と思われるような形で維持している。もちろん、弾圧手段の絶対的な独占と、その大抵は専横的な使用を手放すこともない。
都市部では社会問題が深刻だ(都市に流入した農民、失業中の都市労働者、国内の新興資本や外国資本による歯止めなき搾取)。党と政府がこれまで以上の配慮を見せているにもかかわらず、環境問題は収まらず、エネルギー問題と食料問題も続いている。成金と新参の党幹部はますます尊大に振る舞い、汚職もいつまでもはびこっている。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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