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抗日戦争の概要

投稿者: oriental_hermes 投稿日時: 2005/01/16 22:27 投稿番号: [42790 / 196466]
第二次国共合作
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第二次国共合作は日本軍国主義の急進的な大陸膨脹政策の結果、中国の全面的抗日の要望を生んだことにより実現した。つまり、1936年12月、張学良によって西安に監禁された蒋介石は共産党代表周恩来に説得され、国共合作による抗日統一戦線の結成に同意し、翌1937年の蘆溝僑事件によって第二次国共合作が実現した。この時ソ連滞在中の蒋経国がスタ−リンの命を受けて急遽中国に帰り、父親を説得したことは第二次国共合作の成立に大きく役立ったことはいうまでもない。

かくて紅軍は国民革命軍の第八路軍に改編され、朱徳が総司令、彭徳懐がその副司令になった。

抗日民族統一戦線による8年にわたる抗日戦の当初、国民政府軍の敗北後退の後をうけて、共産党は日本占領地区にその粗織を伸ばした。共産党の拡張に不安を感じた国民党は1938年10月の武漢陥落後、反共作戦を展開、1941年1月には顧祝同軍による安徽の新四軍襲撃事件までに発展し、国共関係は著しく悪化した。国府軍による陝北の中共地区包囲態勢は1943年5月から終戦まで続けられたが、第二次大戦終了時には、共産党員は121万に達し、さらに正規軍90万、民兵250万、大小辺区18を数えるに至ったといわれら。一方、国府は華北、華中、広東周辺を日本軍に占領され国共の差は大いに縮まった。この勢力圏を背景に共産党は1945年4月の中共第4期全国代表大会において国民党一党専制に対し、各革命団体による連合政府の樹立を要求し、8月に終戦を迎えて、日本軍占領地区の接収をめぐっで国共は武力衝突した。ここに第二次国共合作は名実ともに終焉を告げたのである。

このように国共合作は二度とも分裂におわったが、互いにイデオロギーの違う二つの団体も、その都度、情勢や利害によっで合作することがあることを忘れてはならない。
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