「靖国参拝問題」の問題 Ⅰ
投稿者: peace19912000 投稿日時: 2004/12/15 15:26 投稿番号: [40776 / 196466]
「左翼系新聞が火をつけ、左翼系政党が火に油を注ぎ、そして風上から中国が抗議する。」これが日中間で起こるあらゆる問題のパターンである。
靖国参拝が問題視されたのは1985年8月からである。
85年8月、連日「朝日新聞」紙上で「靖国公式参拝」の記事が
それをうけて、8月14日、中共外務省スポークスマンから非難声明が出る。
8月18日、北京大学生による抗議デモ
8月27日から社会党訪中団と姚依林(よういりん)中国副首相(保守派)らと会談。
会談の前の記者会見で、「靖国神社公式参拝アジアの警戒招く」と中国の要人が公式に不快の念を表明したのは、これが始めて。
(朝日新聞より抜粋)
8月28日、胡総書記は日中関係について「現在は、今世紀、前世紀から見ても最も良好な状態だ」と評価。(社会党訪中団との会談)
(朝日新聞より抜粋)
8月29日、社会党訪中団、訒小平党顧問委主任と会見、「日本についてどういうことを言いたいか」との田辺書記長の問いかけに「東南アジアの人々も含め、われわれが心配しているのは日本の軍国主義分子の動向だ」と指摘。さらに「日本の政界人も個々人の行いを注意してもらいたい」と、靖国神社公式参拝など最近の中曽根内閣の政治姿勢について、直接の言及は避けたものの、やんわりとクギを刺した。
(朝日新聞より抜粋)
1985年は、あらゆる面で日中関係の分岐点となる年であった。
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