>>前期倭寇は『松浦党』が中心
投稿者: Ryojin_boku 投稿日時: 2004/12/04 23:06 投稿番号: [40193 / 196466]
倭寇の原因としては日朝間の正規の貿易が途絶し密貿易が横行したことと、元寇を通して朝鮮・中国に対する意識が変化したことが上げられる。
元寇時の元・高麗連合軍の対馬住民に対する暴虐への復讐として倭寇が行われたという歴史的事実がある。
そもそもフビライを唆したのは高麗人の趙彜という人物である。
また、元寇の時代に高麗の王世子・椹(後の忠烈王)も「惟んみるにかの日本、未だに聖化を蒙らず。故に詔を発して軍容を継耀せしめんとせば、戦艦兵糧まさに須いる所あらん。もし此事を以て臣に委ねなば」
「王師を小助せん」
とフビライを唆している。
そして、高麗軍は 「二島百姓等、男はあるいは殺あるいは虜、女は一所に集め、手を徹、舷に結付、虜の者は一人も害さざるなし。肥前国松浦党数百人伐虜さる。この国の百姓男女等、壱岐・対馬の如し」
(『日蓮註画讃巻第五「蒙古來」篇』)
つまり
・男は殺害、女は集められて手の平に穴を開けられて縄を通され船縁に吊るされた。
・200人の少年少女が「強制連行」され、高麗王とその妃に献上させられる。
と書かれるような蛮行を行ったのです。
この侵略行為に対する復讐が倭寇の原因となったことは清代および李氏朝鮮の学者によっても指摘されています。
(清代の徐継畭の『瀛環志略』、朝鮮後期の安鼎福の『東史綱目』)
http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/wakou.html
これは メッセージ 40191 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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