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満州事変勃発記念日(コピペ)

投稿者: jyoui 投稿日時: 2004/09/19 15:20 投稿番号: [36396 / 196466]
●1899年、義和団の乱。支那で欧米人が虐殺される。欧米列強は日本に支援を要請し日本軍が鎮圧。
●1911年、辛亥革命が起こる。
●1912年
1月、中華民国成立宣言。首都:南京。
モンゴルやチベットなど諸民族も独立宣言。
2月2日、清朝の皇族・粛親王、川島浪速らの手で北京を脱出、旅順に保護(第一次満蒙独立運動)。
●1916年、蒙古馬賊の巴布札布(パプチャップ)が日本軍部や旧清朝の粛親王の後押しを得て軍事行動(第二次満蒙独立運動)。
●1917年
4月30日、張作霖が国民政府から独立を宣言。
7月1日、張勲が北京で宣統帝の復辟を宣言。康有為らが参加。
●1922年5月12日、張作霖が東三省の独立を宣言
●1924年11月29日、溥儀が日本公使館に移る。
●1925年2月23日、溥儀が北京の日本公使館を出て天津の日本租界に移る。復辟をめざす鄭孝胥や羅振玉らが側近となる。
●1927年
3月24日、南京暴動(第一次南京事件)
7月25日、張作霖が満鉄併行線敷設禁止協定を無視して満鉄併行線を建設。米国は張作霖に資本提供。
●1928年
5月3日、済南事件。北伐軍が山東省済南市に入城、邦人経営商店での略奪行為をきっかけに日本軍と衝突。日本の被害は、戦死9名、負傷32名、居留民の惨殺14名、暴行侮辱30名余、奪被害戸数136戸、被害人員約400。
6月4日、関東軍が張作霖を爆殺
7月、支那兵たちの一団により東陵(清朝代々の皇帝の墳墓)が爆破・盗掘される。溥儀は中華民国政府に抗議。
●1931年
6月27日、満州で中村大尉殺害事件。満州を地理調査中の中村大尉が行方不明になり、やがて支那人部隊に殺害されたと判明。
7月2日、万宝山事件。満州の長春の北にある万宝山で朝鮮人農民(日本国籍)が支那人農民に襲撃されたため、朝鮮の各都市で朝鮮人が支那人を大虐殺。
排日運動がさらに激化。
米国は張学良に兵器工場建設を援助。
★9月18日、柳条湖事件(満州事変勃発)。
関東軍が張学良軍を追放。
遼寧省、吉林省、黒龍江省、コロンバイル等は独立を宣言。
満州各地の代表が溥儀に出馬要請。
11月10日、溥儀、天津を出発。
●1932年3月1日、満州国建国宣言。首都:新京(長春を改称)。
溥儀、満州国の執政(国家元首)に就任
●1932年9月15日、日本が満州国を承認
●1934年3月、溥儀、満州国の皇帝に即位


昭和8年ロンドンタイムズ紙は「独立2ヵ年の満州国」に関する報道記事で、次のように論評している。
「外来の訪客は過去1ヵ年に於ける満州国の財務上の迅速な進歩に驚くであろう。通過は安定した。一文の値打ちもない旧軍閥の不換紙幣の洪水に悩まされていた満州国にとって、これだけでも計り知れぬ恩恵だ。」「満州国に於ける在留外人は外国商権の将来に関して懸念を抱いていることは勿論だが、大体日本人の施設に対して好感を抱いている。やろうということを実際にやる実践的な日本人を相手とすることになって助かったというのだ。30年も前から支那人がすぐ始めようと言っていた各般の計画がいまや着々実施されるに至った」「満州国は既成事実だといわねばならぬ。2ヵ年前に於ける日本の行動の是非は、極東の現状乃至将来に対して最早関連のない事柄だ。満洲は今や『啓蒙的開発』というのが最も適切な過程を経過している。啓蒙的な一番いい証拠は、三千万の民衆がこの過程から恩恵をうけていることだ。」
(大東亜戦争への道   展転社)


1934年末、満州を訪れたイギリス産業連盟の使節団の調査報告。
  『満州国住民は治安対策の向上と秩序ある政府を与えられている。   軍(満州事変以前に、満州を牛耳っていた軍閥)による略奪と摂取はなくなった。課税制度は妥当なもので、公正に運営されている。住民は安定通貨を持つことができた。輸送、通信、沿岸航行、河川管理、公衆衛生、診療施設、医療訓練、そしてこれまで不足していた学校施設などの設備計画が立てられ、実施されている。こうしたことから、満州国の工業製品市場としての規模と将来性は容易に想像することができる。
  近代国家が建設されつつある。将来に横たわる困難はあるが、これらは克服され、満州国と他の国々の利益のために、経済繁栄が徐々に達成されるものと期待される』


満洲 〜 幻の先進工業国家
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog239.html
(一部抜粋)
見学に訪れたフィリピン外相は、次のような歓声を発したという。
『フィリッピンは、スペイン植民地として350年、アメリカの支配下で40年を経過している。だが、住民の生活向上に大きく役立つものは一つも作っていない。満洲は建国わずか10年にしてこのような建設をしたのか』
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