冊封関係か対立か
投稿者: b598056 投稿日時: 2004/08/04 07:56 投稿番号: [32889 / 196466]
●琉球・北方4島など分離要求、中国が対日講和で検討
【北京=藤野彰】日本が連合軍の占領下にあった1950年、中国が対日講和の条件として、日本領土から、琉球(沖縄)、北方4島、対馬や竹島などを切り離すことを要求する方針を検討していたことが、中国外務省の公開文書で明らかになった。
文書は、日本からの分離を図る対象について、「対外侵略拠点になりうる一切の島々」と記述。琉球は中国に、北方4島はソ連に、対馬、竹島は朝鮮に帰属させるべきだとの立場を示した。東西冷戦が進行中だった当時、ソ連と同盟関係にあった中国が米国の東アジア支配に危機感を深めていたことを裏付けている。
文書は、「対日平和条約における領土部分の問題と主張に関する要綱草案」と題され、このほど同省文書館が公開。50年5月15日付で、作成部署は明記されていない。
文書は日本に対し、「米帝国主義が軍事基地を積極的に拡張中」との認識を示し、「米帝国主義の支援下で日本が再び領土拡張の野心を抱くのを防ぐため、日本から対外侵略拠点になりうる一切の島々を極力削減する」方針を提起している。
琉球に関しては、明清時代の冊封(さくほう)関係を強調し、「カイロ宣言を基に、中国への返還に努めなければならない」と主張、北方4島については択捉、国後のほか色丹も千島列島に属するとし、「ソ連帰属」を承認している。また、対馬を巡っては「民主的な朝鮮」に帰属させるとしている。
中国は1950年2月に調印した中ソ友好同盟相互援助条約の中で、対日平和条約早期締結の意向を表明。文書はその3か月後に作られており、政府の戦略策定のたたき台となった可能性がある。当時、中国は対日平和条約の起草や調印には中国の参加が不可欠と主張したが、中台対立を背景に51年9月のサンフランシスコ講和会議に招かれなかった。このため、同会議で調印された対日平和条約に対し、中国は「不法かつ無効」と激しく反発した。
◆冊封関係=中国の周辺諸国の支配者が、中国の王朝に臣従する代わりに、支配権を認知してもらう関係。周辺諸国にとっては、朝貢が義務づけられたが、中国の直接支配を受けないため事実上の独立を保てた。また、自国での政権強化や対外関係安定化につながる面もあった。(読売新聞)
[8月1日3時34分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040801-00000401-yom-int
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中国が国連の常任理事国になる前だったからこそ、サンフランシスコ平和条約は締結できたのだと思います。
朝鮮戦争も中華民国(台湾)の方が国連に加盟しており、ソビエトが(中国が加盟できないことで)不満を表明して「欠席」したため、「国連軍(アメリカを中心とした多国籍軍)」が派遣できたのです。
朝鮮戦争勃発により日本国内の共産勢力排除のために米国の援助が増え、朝鮮戦争後に中国の発言力が増してきたことを考えると、このタイミングが最良だったのだと思います。
【北京=藤野彰】日本が連合軍の占領下にあった1950年、中国が対日講和の条件として、日本領土から、琉球(沖縄)、北方4島、対馬や竹島などを切り離すことを要求する方針を検討していたことが、中国外務省の公開文書で明らかになった。
文書は、日本からの分離を図る対象について、「対外侵略拠点になりうる一切の島々」と記述。琉球は中国に、北方4島はソ連に、対馬、竹島は朝鮮に帰属させるべきだとの立場を示した。東西冷戦が進行中だった当時、ソ連と同盟関係にあった中国が米国の東アジア支配に危機感を深めていたことを裏付けている。
文書は、「対日平和条約における領土部分の問題と主張に関する要綱草案」と題され、このほど同省文書館が公開。50年5月15日付で、作成部署は明記されていない。
文書は日本に対し、「米帝国主義が軍事基地を積極的に拡張中」との認識を示し、「米帝国主義の支援下で日本が再び領土拡張の野心を抱くのを防ぐため、日本から対外侵略拠点になりうる一切の島々を極力削減する」方針を提起している。
琉球に関しては、明清時代の冊封(さくほう)関係を強調し、「カイロ宣言を基に、中国への返還に努めなければならない」と主張、北方4島については択捉、国後のほか色丹も千島列島に属するとし、「ソ連帰属」を承認している。また、対馬を巡っては「民主的な朝鮮」に帰属させるとしている。
中国は1950年2月に調印した中ソ友好同盟相互援助条約の中で、対日平和条約早期締結の意向を表明。文書はその3か月後に作られており、政府の戦略策定のたたき台となった可能性がある。当時、中国は対日平和条約の起草や調印には中国の参加が不可欠と主張したが、中台対立を背景に51年9月のサンフランシスコ講和会議に招かれなかった。このため、同会議で調印された対日平和条約に対し、中国は「不法かつ無効」と激しく反発した。
◆冊封関係=中国の周辺諸国の支配者が、中国の王朝に臣従する代わりに、支配権を認知してもらう関係。周辺諸国にとっては、朝貢が義務づけられたが、中国の直接支配を受けないため事実上の独立を保てた。また、自国での政権強化や対外関係安定化につながる面もあった。(読売新聞)
[8月1日3時34分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040801-00000401-yom-int
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中国が国連の常任理事国になる前だったからこそ、サンフランシスコ平和条約は締結できたのだと思います。
朝鮮戦争も中華民国(台湾)の方が国連に加盟しており、ソビエトが(中国が加盟できないことで)不満を表明して「欠席」したため、「国連軍(アメリカを中心とした多国籍軍)」が派遣できたのです。
朝鮮戦争勃発により日本国内の共産勢力排除のために米国の援助が増え、朝鮮戦争後に中国の発言力が増してきたことを考えると、このタイミングが最良だったのだと思います。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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