日中関係

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>日本に来る理由

投稿者: jyoui 投稿日時: 2004/07/26 12:12 投稿番号: [32177 / 196466]
>いよいよチャンスがあって私はその赤とんぼを追いに日本に来たわけ。
>ですから、両国の将来を祈り続きたい。


多くの日本人は、あなたのような真面目で優秀な方を歓迎していますよ。
例えば”女子12楽坊”もミリオンセラーでしょう。
少し前までは中国人に対するイメージもよかった。
つまらん煽りを気にせずクールにね。!

<経過>
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1989年の天安門事件以降、西側を中心とした世界各国は中国封じ込めに動きました。
改革解放により成長を始めた中国経済は破綻の危機に瀕した。(欧米はゴルバチョフによる新思考外交とソ連の自由化への流れに多くを期待し、政治的自由を封じ込めた中国に対しては魅力を喪失していた。)
危機感をもった訒小平による南方巡行が行われ、進出していた外資へのさらなる開放政策が打ち出された。
日本政府は中国の孤立化を憂慮し、欧米による中国孤立化の打破の為に天皇訪中を計画した。
訪中した天皇の晩餐会におけるお言葉「先の大戦において我が国が貴国と貴国人民に対して多大の災禍を与えたことについては今でも心が痛み遺憾に思います。・・(記憶あいまあいだが、内容は確か)」にたいして楊国家主席は「天皇陛下は明確な謝罪のお言葉を述べられた。もう日本は過去のことに対して謝罪の必要はない」と談話した。
日本が中国との最高レベルでの交流を始めたことにより欧米も交流を再会し、中国は孤立化から脱却した。

後日、天皇訪中への答礼として江沢民国家主席の訪日が行われた。
この訪日において行われる日中共同宣言を巡り日中は対立した。
宣言文に中国側は「明確なる謝罪の文言を明記して欲しい」と主張し、日本側は天皇訪中時の楊国家主席の談話にもあり「謝罪の文言の明記は必要ない」との立場だった。
その後の交渉で日本側は「中国側が今後も繰り返し謝罪要求せず未来志向で、と約束するなら明記しよう」と譲歩したが中国側は「約束できない」との主張であった。
結局、謝罪明記は見送られた。
これで江沢民は日本訪問中「日本国民は謝罪せよ」と言い続けた。
天皇との晩餐会にも○○服で出席し、スピーチでも謝罪要求をした。
ここから日本国民の中国を見る目が劇的に変化しはじめた。
中国でも日中戦争を事例とした愛国運動、反日教育がはじまった。
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