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中国、南沙諸島の領有権も主張!

投稿者: bogl2002 投稿日時: 2003/01/06 00:46 投稿番号: [26923 / 196466]
【6カ国の領有権主張内容】
(98/4/27)

    南シナ海に浮かぶ南沙諸島の全域、もしくは一部の領有権を主張しているのは、マレーシア、ブルネイ、中国、フィリピン、台湾、ベトナム6カ国。各国の主張の内容は−。

   <マレーシア>
    大陸棚に基づく領有権を主張。島としては南沙諸島の南東部のみ。
   島の領有権は中国、台湾と重なる。環礁の一部がフィリピンと重なる。1979年、同国の地図の一部ではっきりと領有権を主張した。

   <ブルネイ>
    大陸棚に基づく領有権を主張。唯一、ルイサ(Louisa)環礁が含まれている(注、この環礁は満ち潮の時、海面下に沈む)。ここの
   領有権が重なるのはマレーシアに対してのみ。法的主張はマレーシアとほぼ同じで、国際海洋法に関する国連会議の大陸棚条項が基になっている。

   <中国>
    中国の領有権主張は、南沙諸島ほぼ全域に渡る。その根拠は、国際海洋法ではなく歴史を基にしており、漢(前、後漢、206B.C.-220A.D.)に漁民がここを使うようになったというもの。公式的な主張としては、1887年、フランスとの間でトンキン湾を線引きするために結んだ条約が最初。中国はこの条約が、トンキン湾を超えて南沙諸島にも及ぶと主張している。

   <台湾>
    領有権主張の範囲と根拠は中国と同じ。台湾の国民党が1945年に南沙諸島を占拠。1947年12月に占領したイツ・アバ(Itu Aba)島をして、全域の領有権を宣言した。しかし、1950年に同地域を放棄。1962年、フィリピン人住民を追い出し、再び占領。以来、兵士600人が駐留している。

   <ベトナム>
    フランスから独立した際に南沙諸島、西沙諸島の領有権を獲得したと主張。フランスは1929年に行政的に南沙諸島の領有権を主張し、翌1930年に海軍が占領。そして1933年、フランスは公式的に南沙諸島全島(9つの島)の占領と併合を宣言した。

    ベトナムは1951年、南沙諸島の領有権を主張したが、フランスは1954年に西沙諸島はベトナム側に引き渡されたものの、南沙諸島はそれに含まれていないと主張。南ベトナムが1956年、改めて南沙諸島の領有権を主張、1961年に南沙諸島を領土の一部に含める行政命令を公布した。中国は、北ベトナムが1956−1975年、中国側の同地域領有を認めていたと主張し、領有権で紛争が続いている。

   <フィリピン>
    フィリピン領土に近いこと、及び民間人が住んでいるという理由で数カ所の島の領有権を主張。南沙諸島の中のフィリピンが領有権を主張している諸島をフィリピン名でカラヤアン(Kalayaan)諸島と呼ぶ。この中で最大の島がチツ(Thitu)島(フィリピン名、パガサ<Pagasa>島)で、面積は22㌶。フィリピンは、この島を含めた島々が南沙諸島には含まれていない、と主張している。

    フィリピン人が南沙諸島に住み始めたのが1950年代。フィリピン人トーマス・クローマ(Tomas Cloma)が個人的に領有権を主張した。台湾側がイツ・アバ島からフィリピン人を追い出し、軍隊を駐留したことを受けて、フィリピン軍は1962年に数カ所の島を占領。1971年に公式的にカラヤアン諸島の領有権を宣言した。

   1978年、大統領令によって同諸島は公式にフィリピン領土に併合された。以後、フィリピン政府は、カラヤアン諸島は本島に近く安全保障上、及び経済的生存のために重要であると主張している。

    中国の歴史的に漁民が島を利用したことについては、漁民が一時的な拠点として使ったに過ぎないと反論。そして、中国の領土主張については、欧州列国が再区分した際に無効化されたとしている。

    行政的には、パラワン島パラワン州のバランガイ(行政の最小単位、村のようなもの)に属している。

http://www.netpassport.or.jp/~whmatsuk/nanmemo.htm
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