「ふむ」「ふふ」プーちゃん老人正伝
投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 2002/03/26 13:15 投稿番号: [21992 / 196466]
私は日本の侵略にともなう残虐行為がなかったとか、主張するつもりはありません。
その上で、ちょっと一言…
日本の論壇に歴史の見直し論が出てきていることは、まあ、当然でしょう。
そのなかで、「南京虐殺はなかった」と言うことの当否はさておき。
米国でも中国でもバングラディッシュでも、たとえば、国民は国旗に敬意をはらう。
しかし、日本の学校教育の現場では敬意を払わないことがむしろ推奨された。
国歌もそう。
軍隊に対してもそう。
どのような国旗、国歌、軍隊にすべきか、という問題はあるかも知れない。
しかし、日本では「国家」に関することども、国家を象徴するものについて、国民は無関心でいるよう慫慂された。
これは、やはり異常なことである。
そのような退嬰的な(エセ平和主義的)態度の背後に中国を筆頭とするアジアの被侵略国の圧力があった。
侵略とそれに伴う残虐行為への反省は必要だが、しかし、日本という国家への正当な愛国心をなぜ抑圧する必要があるのか。
日の丸に礼を捧げるものに対し、彼が侵略を容認し侵略を準備すルものであるかの如く主張するのは、日本国人民に対する侮辱である。
明石さんは、なにかを見たのだろう。
だから、多分、反省が深い。
勇ましい事をいう日本人に、警告したくなるのだろう。
しかし、明石さん、私達は結局、ニホンジンをを信頼するほかないのだ。
いつまでも、逃げ回るわけにいかないのだ。どこかで日本は、当たり前の事を当たり前にこなしていく国家にならなければならないのだ。
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愛国者であるボク老人が言いたいことはこれにつきる。
侮辱されてなるものかという被害意識から出る「ふむ」「ふふ」「プンプン」という言葉。
常に蔑まれてきた。
ボク老人の「ふむ」という気持ちがわからなくもない。
しかし、それでは夢を見ることすらできない。
養老院の85才の老人だって夢見るような口調で、「ああ、もう一度女も子と外に出かけて一晩踊りあかしたい、ふふ。それからその子を抱きしめキスして・・・・・・」 と夢を語るのに。
こんな素直な老人を誰が四つん這いのいやらしい珍獣爺と蔑むだろうか?
これは メッセージ 21983 (Ryojin_boku さん)への返信です.
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