日本兵陣中日記(4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 22:17 投稿番号: [196120 / 196466]
前述した歩兵第65連隊連隊砲中隊一等兵の陣中メモには
12月17日に 捕虜1万数千人を銃殺し、翌18日から
その遺体の片付け作業に日数が費やされたと記録している。
遺体片付けについては、同連隊所属の 別の兵士の日記にも、
次のような 記録がある。
12月18日
入城式も終はって、今度は一時にひまとなった。
朝飯を食してより南京見物に行く。 (中略)
中隊では死体片づけに全員行っている。 夕方になる。
夕飯の準備をしているうちに戦友が真っ黒な顔をして
帰ってくる。 聞いてみれば、煙にて染まったとか。
中隊全員で 朝から夕方までかかって、遺体の片付けに
当たっていた。 もちろん、日本軍兵士の遺体ではない。
次に、同じ時期のことを記録した 山砲兵第19連隊
第3大隊段列・編成 伍長の陣中日記を 引用しよう。
十二月十六日 晴天 南京城外
休養、市内に徴発に行く、(中略)午後四時山田部隊にて
捕いたる敵兵約七千人を銃殺す、揚子江岸壁も一時死人の
山となる、実に惨たる様なりき。
十二月十七日 晴天 南京城外
午前九時宿営地出発、軍司令官の南京入場式、
歴史的盛儀に参列す、
午後五時敵兵約一万三千名を銃殺の使役に行く、
二日間にて山田部隊 二万人近く銃殺す、各部隊の捕慮は
全部銃殺するものの如し。
十二月十八日 晴天 南京城外
午前三時頃より風あり雨となる、朝起床して見ると各山々は
白く雪を頂初雪となる、 南京城内外に集結せる部隊数
約十ヶ師団との事なり、午後五時残敵一万三千程銃殺す
(『南京大虐殺を記録した皇軍たち』P373)
次に、山砲兵第19連隊第3大隊 上等兵の日記を引用する。
拾二月拾三日 晴
七時半某地を出発した、揚子江附近の道路を通過する際
我が海軍の軍艦がゆうゆうと進江して居るのがよく見えた
敵の敗残兵は諸所に殺されて居た、午后八時某地に到着
宿営す。
拾二月拾四日 晴
午前三時半出発して前線に進む、(略) 途中敗残兵を
六五にて 一千八百名以上 捕慮にして 其の他沢山の
正規兵で合計五千人の敗残兵を拾三師団にて捕慮にした
全部武装解除をしたのも見事なものである、
命令我が大隊は馬風山砲台を占領して東外村に宿営す、
(略)
捕慮兵は両手をしばられ歩兵に警戒せられて或る広場に
集められて居た、馬風山砲台には日章旗高く揚げられて
万歳を唱へられた、
種々なる感想を浮べて前進を続け東外村に宿営す、(略)
12月17日に 捕虜1万数千人を銃殺し、翌18日から
その遺体の片付け作業に日数が費やされたと記録している。
遺体片付けについては、同連隊所属の 別の兵士の日記にも、
次のような 記録がある。
12月18日
入城式も終はって、今度は一時にひまとなった。
朝飯を食してより南京見物に行く。 (中略)
中隊では死体片づけに全員行っている。 夕方になる。
夕飯の準備をしているうちに戦友が真っ黒な顔をして
帰ってくる。 聞いてみれば、煙にて染まったとか。
中隊全員で 朝から夕方までかかって、遺体の片付けに
当たっていた。 もちろん、日本軍兵士の遺体ではない。
次に、同じ時期のことを記録した 山砲兵第19連隊
第3大隊段列・編成 伍長の陣中日記を 引用しよう。
十二月十六日 晴天 南京城外
休養、市内に徴発に行く、(中略)午後四時山田部隊にて
捕いたる敵兵約七千人を銃殺す、揚子江岸壁も一時死人の
山となる、実に惨たる様なりき。
十二月十七日 晴天 南京城外
午前九時宿営地出発、軍司令官の南京入場式、
歴史的盛儀に参列す、
午後五時敵兵約一万三千名を銃殺の使役に行く、
二日間にて山田部隊 二万人近く銃殺す、各部隊の捕慮は
全部銃殺するものの如し。
十二月十八日 晴天 南京城外
午前三時頃より風あり雨となる、朝起床して見ると各山々は
白く雪を頂初雪となる、 南京城内外に集結せる部隊数
約十ヶ師団との事なり、午後五時残敵一万三千程銃殺す
(『南京大虐殺を記録した皇軍たち』P373)
次に、山砲兵第19連隊第3大隊 上等兵の日記を引用する。
拾二月拾三日 晴
七時半某地を出発した、揚子江附近の道路を通過する際
我が海軍の軍艦がゆうゆうと進江して居るのがよく見えた
敵の敗残兵は諸所に殺されて居た、午后八時某地に到着
宿営す。
拾二月拾四日 晴
午前三時半出発して前線に進む、(略) 途中敗残兵を
六五にて 一千八百名以上 捕慮にして 其の他沢山の
正規兵で合計五千人の敗残兵を拾三師団にて捕慮にした
全部武装解除をしたのも見事なものである、
命令我が大隊は馬風山砲台を占領して東外村に宿営す、
(略)
捕慮兵は両手をしばられ歩兵に警戒せられて或る広場に
集められて居た、馬風山砲台には日章旗高く揚げられて
万歳を唱へられた、
種々なる感想を浮べて前進を続け東外村に宿営す、(略)
これは メッセージ 196119 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/196120.html