言論の自由は至高至上であるのか?
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2013/01/08 11:51 投稿番号: [195319 / 196466]
日本人は、人がいい・・と云うのか、何でも簡単に信じ込んでしまう。
何かを信じるのはいいだろうが、「信じ込む」となると問題だろう。
民主主義社会の「言論の自由」と云えば、日本人は至高至上のものとして疑わない。
だが、言論の「自由」を維持するためには、それ相応の「不自由」を伴うのであり、その不自由を甘受しなければならない。
大人の成熟した思考とはそう云うものだろう。
・・と言ってみたところで、子供のキミたちには何のことやら、さっぱり・・たろう。
例えばだ・・このトピをご覧なさい。一目瞭然だ。
確かに言論の自由はあるのだろうが、その結果、どうなっているか?
自由の結果はクズ投稿の山となり、偶(たま)に出るマトモな言論はクズ投稿に囲まれ、埋没している。
言論の自由と引き換えに、掲示板の本来の価値を喪失してしまい討論も論争も消えてしまった。
愚昧のアホ国民に自由を与えてはならないのである。
少なくとも、言論の自由が最高至上のものではないことを認識しなければならないのだ。
20人ばかりを無視リストに放り込んだら、40件のうち28件の投稿が見えなくなってしまった。
論客は去り、真摯な討論は消え去り、クズ投稿ばかりが異常に増殖。
言論の自由を野放しにした結果、ここでの自由は消滅したことになる。
自由を許した結果、自由が消滅する。
矛盾ではあるが、これが現実なのである。
中国が言論の自由を封殺するのは残念であるが、同時に自由を許した結果を想像した場合、言論封殺にも一理ある事であり、同情して已まない。
このトピがアホ君たちに占拠され、クズ投稿が氾濫する現実を体験して、それでもキミたちは「言論の自由」を信奉するかね?
言論は少しぐらい不自由の方が、本当の意味での自由ではないのか?
そう思いませんか?
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