面子
投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2012/12/08 00:22 投稿番号: [193804 / 196466]
体面、体裁、面目、プライド。
日本(欧米でも)では面子のために嘘をつくことは是認されないけれど、支那では面子の為には平気で嘘をつくし、周囲もその嘘を暴いてはいけないらしい。
なぜ支那人がそれほどまでに面子にこだわるのかは知らないし、知っても仕方がない。
たぶん、自分がひとかどの人間であると言うことを周囲にアピールできないと言うことは死活問題になるという歴史的な経緯があったのでしょう。
また、広い大陸で移動があまり制限されていなければ自分を偽ることが容易だったということも有るのかもしれません。
とりあえず、そんなことはどーでもいいことです。
私は支那人と支那文化には興味ありませんから。
面子の為には平然と嘘をつくし、周囲もそれを当然とするというシナ人の文化には嘘をつかないことが大切という意識が希薄なように思われます。
(日本にも嘘も方便という言葉がありますが、それは嘘を是認すると言うことではなくあくまでも緊急避難的な場合だと思います。)
支那人は平然と嘘をつき、正直であること、真実であることにはさほど価値を置かない。
このことは、彼らの議論に関しても言えることだと思います。
彼らの議論=論争が声闘、すなわちただの罵り合いになるのは、彼らが真実の探求に価値を置いていないからではないかと思います。
ですから、平然と嘘をつき、捏造し強弁やすり替えをしてきます。
大切なのは事実ではなくて面子なのですから、自分の面子が潰されないこと、相手の面子を潰すことに汲々としてしまう。
相手よりも大きな声で相手よりも汚い言葉を使って罵声を浴びせかけられた方が勝ちなどと言うまるきり生産性のないことに明け暮れてしまう。
これが支那人の正体なのではないかと思います。
こんな程度の低い野蛮人をまともに相手にするのは無意味です。
汚らわしい。
ただ、それだけです。
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