東シナ海/南シナ海を「北京の湖」にするな
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/10/16 00:14 投稿番号: [192595 / 196466]
こういう記事があった:
東シナ海、南シナ海を「北京の湖」にするな
WEDGE 10月15日(月)11時30分配信
米AEI上席研究員で前国連大使のジョン・ボルトンが、9月10日付WSJ紙掲載の論説で、東シナ海および南シナ海における中国の拡大企図は米国に本格的な対応を迫りつつあり、模様眺めに徹したり、上品にも国際法を援用したりしていればよかった時期は過ぎた、と主張しています。
すなわち、東シナ海および南シナ海では、中国が強引に領有権を主張し、そのことがここ数年、外交的対決、さらには物理的な対決を断続的に引き起こしてきた。
ところが、今のワシントンでは、これらの紛争はどこか遠い場所の出来事、1938年にチェンバレン英首相がチェコスロバキアを「あまり知らない遠くの国」と言ったのに近い、ほとんど瑣末なことのように受け止められている。そうした無気力な姿勢は、以下の3点に基づく戦略的アプローチに取って代わられねばならない。
第一に、米国は、東シナ海と南シナ海における中国の拡張政策は、米国の国益に反するとはっきり断じなければならない。国際法に関する甘い響きの決まり文句は、これらの海域に迫り来る北京の覇権を防いではくれない。重要なのは力と決意だ。
第二に、米国は海軍を急ぎ再建しなければならない。それなくしては、いくら戦略的思考を変えても無意味だ。中国はこの数世紀来初めて大海軍を築き始めており、米国を西太平洋から追い出そうと、積極的にA2/AD(接近阻止/領域拒否)戦術と兵器システムを追求している。米国が海軍の能力を増強するか、あるいは、基本的に他の海域は放棄するかしない限り、中国近海の情勢は負の方向に進んでしまう。そうなれば、最終的にどうなるかは明らかだ。
第三に、米国は、領有権を主張する、中国以外の諸国間の関係を調整するために、外交努力を――大方は水面下で――払わなければならない。東シナ海では中国の主たる競争相手は日本だが、南シナ海では中国はベトナム、フィリピン、その他のASEAN諸国と角を突き合わせている。これらの海域は地理的にも政治的にもそれぞれ別のものだが、中国にとっては2つとも同じ戦略的構図の一部であり、従って、米国もそうしたものとして捉えなければならない。
中国は、ベトナムとフィリピンを争わせ、日本の孤立化と台湾の無力化を図り、あるいは競争相手国の間に不協和音を生じさせるなどして、これらの国同士の関係を破綻させることを目指している。もちろん、これらの国の対立する主張を調整しようとする実際的な外交戦略が、望ましい結果を必ずもたらしてくれるわけではないが、国際法に関する観念的スローガンを繰り返すよりははるかにましだ。
米国の対中政策は包括的かつ機敏で粘り強いものでなければならないが、その中で不変であるべきなのは、中国周辺の国際水域を「北京湖」にしてはならない、ということだ、と論じています。
* * *
日本人が尖閣に関して抱く危機意識は、ワシントンで、ましてや欧州では、さしたる共感を呼んでいません。そして、尖閣問題が単に日中ナショナリズムの対立、ないし歴史問題に由来するかに捉えられ、南シナ海の紛争と切り離して論じられる傾向にあります。
そうした中で、ボルトンの所説に、初めて溜飲の下がるものを認めることができます。第一に、ボルトンは、東シナ海と南シナ海を“the East and South China Seas”と表現し、両者を一体と見たうえ、双方において中国が示す拡大意欲に違いを認めません。第二に、「中国の端的な巨大さ、存在感が、辺りを払う状況を防がねばならない」と明確に言い切っています。
日本を含む近隣諸国は、まさしく中国の圧倒的存在感に脅威を認めているのです。ここをワシントンの知識層は実感をもって受けとめることができず、自分たちにほとんど関係のない遠い場所での瑣末ないざこざとしか受けとめられない、というボルトンの指摘には、なるほど、やはりそんなものかと思わされます。
そのような態度は捨てるべきで、次の大統領が誰であれ、とらねばならない策のカギとなるのは、力と覚悟である、というボルトンの論は、極めて明快かつ適切です。中国に通じる言語は力、そして力を支える気骨だけだということをよく見抜いています。
ボルトンは、「中国周辺の国際海域を、北京の湖にしてはならない」という一線を、米国は今後の原則とすべしと、論説を締めくくっていますが、当然、日本もこの認識に立って対中戦略を構築しなければなりません。この、ボルトンの歯切れのよい議論は、ワシントンの知識層だけでなく、日本としても心して傾聴すべきものと言えるでしょう。(著者:岡崎研究所)
東シナ海、南シナ海を「北京の湖」にするな
WEDGE 10月15日(月)11時30分配信
米AEI上席研究員で前国連大使のジョン・ボルトンが、9月10日付WSJ紙掲載の論説で、東シナ海および南シナ海における中国の拡大企図は米国に本格的な対応を迫りつつあり、模様眺めに徹したり、上品にも国際法を援用したりしていればよかった時期は過ぎた、と主張しています。
すなわち、東シナ海および南シナ海では、中国が強引に領有権を主張し、そのことがここ数年、外交的対決、さらには物理的な対決を断続的に引き起こしてきた。
ところが、今のワシントンでは、これらの紛争はどこか遠い場所の出来事、1938年にチェンバレン英首相がチェコスロバキアを「あまり知らない遠くの国」と言ったのに近い、ほとんど瑣末なことのように受け止められている。そうした無気力な姿勢は、以下の3点に基づく戦略的アプローチに取って代わられねばならない。
第一に、米国は、東シナ海と南シナ海における中国の拡張政策は、米国の国益に反するとはっきり断じなければならない。国際法に関する甘い響きの決まり文句は、これらの海域に迫り来る北京の覇権を防いではくれない。重要なのは力と決意だ。
第二に、米国は海軍を急ぎ再建しなければならない。それなくしては、いくら戦略的思考を変えても無意味だ。中国はこの数世紀来初めて大海軍を築き始めており、米国を西太平洋から追い出そうと、積極的にA2/AD(接近阻止/領域拒否)戦術と兵器システムを追求している。米国が海軍の能力を増強するか、あるいは、基本的に他の海域は放棄するかしない限り、中国近海の情勢は負の方向に進んでしまう。そうなれば、最終的にどうなるかは明らかだ。
第三に、米国は、領有権を主張する、中国以外の諸国間の関係を調整するために、外交努力を――大方は水面下で――払わなければならない。東シナ海では中国の主たる競争相手は日本だが、南シナ海では中国はベトナム、フィリピン、その他のASEAN諸国と角を突き合わせている。これらの海域は地理的にも政治的にもそれぞれ別のものだが、中国にとっては2つとも同じ戦略的構図の一部であり、従って、米国もそうしたものとして捉えなければならない。
中国は、ベトナムとフィリピンを争わせ、日本の孤立化と台湾の無力化を図り、あるいは競争相手国の間に不協和音を生じさせるなどして、これらの国同士の関係を破綻させることを目指している。もちろん、これらの国の対立する主張を調整しようとする実際的な外交戦略が、望ましい結果を必ずもたらしてくれるわけではないが、国際法に関する観念的スローガンを繰り返すよりははるかにましだ。
米国の対中政策は包括的かつ機敏で粘り強いものでなければならないが、その中で不変であるべきなのは、中国周辺の国際水域を「北京湖」にしてはならない、ということだ、と論じています。
* * *
日本人が尖閣に関して抱く危機意識は、ワシントンで、ましてや欧州では、さしたる共感を呼んでいません。そして、尖閣問題が単に日中ナショナリズムの対立、ないし歴史問題に由来するかに捉えられ、南シナ海の紛争と切り離して論じられる傾向にあります。
そうした中で、ボルトンの所説に、初めて溜飲の下がるものを認めることができます。第一に、ボルトンは、東シナ海と南シナ海を“the East and South China Seas”と表現し、両者を一体と見たうえ、双方において中国が示す拡大意欲に違いを認めません。第二に、「中国の端的な巨大さ、存在感が、辺りを払う状況を防がねばならない」と明確に言い切っています。
日本を含む近隣諸国は、まさしく中国の圧倒的存在感に脅威を認めているのです。ここをワシントンの知識層は実感をもって受けとめることができず、自分たちにほとんど関係のない遠い場所での瑣末ないざこざとしか受けとめられない、というボルトンの指摘には、なるほど、やはりそんなものかと思わされます。
そのような態度は捨てるべきで、次の大統領が誰であれ、とらねばならない策のカギとなるのは、力と覚悟である、というボルトンの論は、極めて明快かつ適切です。中国に通じる言語は力、そして力を支える気骨だけだということをよく見抜いています。
ボルトンは、「中国周辺の国際海域を、北京の湖にしてはならない」という一線を、米国は今後の原則とすべしと、論説を締めくくっていますが、当然、日本もこの認識に立って対中戦略を構築しなければなりません。この、ボルトンの歯切れのよい議論は、ワシントンの知識層だけでなく、日本としても心して傾聴すべきものと言えるでしょう。(著者:岡崎研究所)
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