釣魚島を自国領と認識していた清朝証拠は
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/08/29 22:55 投稿番号: [191672 / 196466]
偽造だった。
1970年代になり、釣魚島の紛争が改めて発生してから、米国在住の「盛家の子孫」と自称する盛毓真という人物がおどり出ました。盛毓真は慈禧(西太后)から盛宣懐<訳注:清朝末期の政治家・実業家。1844−1916年>が賜ったとする書状を発表し、清朝政府が釣魚島について“電柱に小便をかけていなかったわけでもない”ことを証明したのです。
(釣魚島の奪還を目指す)保釣派は欣喜雀躍しました。盛毓真は愛国の星とされ、台湾に行って人を騙して大いに飲み食いをしたのです。
ただし、ウマイことは長続きしません。中国大陸及び台湾の学者が前後して、盛宣懐が発表した慈禧の書状には形式上の混乱があり、ありえない間違いがあることを発見したのです。例えば、盛宣懐の任官の年月日が事実よりも3年早かったり、慈禧の印が書状を書いた当時にはすでに使っていなかった、それより古い時期のものと判明したのです。結局、慈禧の書状は偽物と断定されました。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/191672.html