今日のお題 サンフランシスコ条約について
投稿者: sintyou7 投稿日時: 2012/08/02 22:03 投稿番号: [191127 / 196466]
国際法上での沖縄領有権は?
サンフランシスコ講和条約(1951年締結―1952年発効)では、「北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む)」を、アメリカの統治下に置くことが明記されました。
アメリカは沖縄を国連の「信託統治領」として統治するための手続きを(国際連合に対して)進めるのだが、その手続きが完了するまでの間、沖縄をアメリカの直接統治下に置くという時限立法的なものでした。
ところがアメリカは国際連合に対して「沖縄を信託統治領にしたい」という提案を翌年の8月にはもう諦めます。
それ以降は、アメリカは国連に対して提案もしていません。こっそり講和条約にあるように無期限?で沖縄の統治権を手にしたわけです。
この件についての国際連合の見解は今のところ何もありません。
では、信託統治領にしないのであれば、アメリカは、一体どのような「法的根拠」で沖縄を支配していたのかについて考察してみましょう。
サンフランシスコ講和条約の条文では「施政権を有する」のはアメリカだと書かれていますが、1947年のいわゆる「天皇メッセージ」で昭和天皇は「主権を日本に残したままアメリカに租借するのがいい」と述べています。
サンフランシスコ講和条約と同時に締結された日米安全保障条約は、沖縄を米軍基地化する国際法的根拠にはなりません。
なぜなら、日米安保条約は、日本本土(九州、四国、本州、北海道)に米軍が駐留することを許可していますが、1951年には(講和条約において)沖縄はアメリカの統治下に入ることになるので、そもそも日本本土ではないからです。
日米安保条約は日本本土への米軍駐留の法的根拠にはなりますが、沖縄をアメリカが統治することの法的根拠ではありません。
1950年極東軍総司令部指令は「米軍の必要とする財産を「できるだけ談合のうえ購入する」ことが望ましく、もしこれができないときは「収用手段をとること」ができ、場合によっては購入をなすまでの間これを「強制的に徴発したり、借用したりすることができる」とし、 1953年土地収用令により、沖縄本島の農作地面積の42%がアメリカ軍施設用に強制徴用されました。
(銃剣とブルドーザーによる強制的な土地収用ですが形の上では「強奪」ではなく「租借」という事になっています。これにより、農作物の生産高は戦前の半分以下に激減、食料は米軍の僅かな配給のみになる)
その後1972年に沖縄の施政権が「日本国」に返されます。
日本国の「沖縄返還条例、第三条(公用地法)」によって、日本国政府は、米国に対し基地の継続使用を「復帰」前とほとんど変らぬ状態で認めます。
ここで問題になるのですが、アメリカによる沖縄返還は国際法上有効なのかについて考察してみる事にします。
ポツダム宣言では日本の領土は本土の四島に限るという宣言は中華民国、英国、米国との協議で行われました。
しかし、沖縄返還は連合国であった中華民国、中華人民共和国には何も相談されず、日米だけの二国間だけの協議で決まりました。
流れで言うと、アメリカは沖縄を「国連信託統治」にするまでの間一時的に直接統治するという曖昧なままずっと実行支配を続け、何時の間にか日本の領土に返していたという事になります。
1972年以降の沖縄の土地使用の法的根拠の一つは、日米安全保障条約になります。
アメリカは、日本国に沖縄の施政権を返還することによって、信託統治領でもなく何だかはっきりしない(結果的には戦争後の占領を既成事実として継続占領してきただけの)沖縄を、行政的に整理し、かつ軍事目的で使用を継続できるという何だかよく分からない「理想的な状態」を作り出しました。
アメリカ軍の沖縄駐留というのは国際法上でいうと何も根拠がなく、単なる既成事実で国際連合で認められた訳でもありません。
既成事実で、沖縄が日本の領土であるならば、アメリカは日米安保に基づき沖縄に駐留事が出来ます。
ところが沖縄が日本でなくなる場合は、アメリカは沖縄に駐留する根拠を失います。再度アメリカ占領下にする事は出来ずこの場合には「国連信託統治領」になり、中国、ロシアとの共同管理が必要になります。
もちろん、米軍基地を置く事は不可能になります。
続く
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サンフランシスコ講和条約(1951年締結―1952年発効)では、「北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む)」を、アメリカの統治下に置くことが明記されました。
アメリカは沖縄を国連の「信託統治領」として統治するための手続きを(国際連合に対して)進めるのだが、その手続きが完了するまでの間、沖縄をアメリカの直接統治下に置くという時限立法的なものでした。
ところがアメリカは国際連合に対して「沖縄を信託統治領にしたい」という提案を翌年の8月にはもう諦めます。
それ以降は、アメリカは国連に対して提案もしていません。こっそり講和条約にあるように無期限?で沖縄の統治権を手にしたわけです。
この件についての国際連合の見解は今のところ何もありません。
では、信託統治領にしないのであれば、アメリカは、一体どのような「法的根拠」で沖縄を支配していたのかについて考察してみましょう。
サンフランシスコ講和条約の条文では「施政権を有する」のはアメリカだと書かれていますが、1947年のいわゆる「天皇メッセージ」で昭和天皇は「主権を日本に残したままアメリカに租借するのがいい」と述べています。
サンフランシスコ講和条約と同時に締結された日米安全保障条約は、沖縄を米軍基地化する国際法的根拠にはなりません。
なぜなら、日米安保条約は、日本本土(九州、四国、本州、北海道)に米軍が駐留することを許可していますが、1951年には(講和条約において)沖縄はアメリカの統治下に入ることになるので、そもそも日本本土ではないからです。
日米安保条約は日本本土への米軍駐留の法的根拠にはなりますが、沖縄をアメリカが統治することの法的根拠ではありません。
1950年極東軍総司令部指令は「米軍の必要とする財産を「できるだけ談合のうえ購入する」ことが望ましく、もしこれができないときは「収用手段をとること」ができ、場合によっては購入をなすまでの間これを「強制的に徴発したり、借用したりすることができる」とし、 1953年土地収用令により、沖縄本島の農作地面積の42%がアメリカ軍施設用に強制徴用されました。
(銃剣とブルドーザーによる強制的な土地収用ですが形の上では「強奪」ではなく「租借」という事になっています。これにより、農作物の生産高は戦前の半分以下に激減、食料は米軍の僅かな配給のみになる)
その後1972年に沖縄の施政権が「日本国」に返されます。
日本国の「沖縄返還条例、第三条(公用地法)」によって、日本国政府は、米国に対し基地の継続使用を「復帰」前とほとんど変らぬ状態で認めます。
ここで問題になるのですが、アメリカによる沖縄返還は国際法上有効なのかについて考察してみる事にします。
ポツダム宣言では日本の領土は本土の四島に限るという宣言は中華民国、英国、米国との協議で行われました。
しかし、沖縄返還は連合国であった中華民国、中華人民共和国には何も相談されず、日米だけの二国間だけの協議で決まりました。
流れで言うと、アメリカは沖縄を「国連信託統治」にするまでの間一時的に直接統治するという曖昧なままずっと実行支配を続け、何時の間にか日本の領土に返していたという事になります。
1972年以降の沖縄の土地使用の法的根拠の一つは、日米安全保障条約になります。
アメリカは、日本国に沖縄の施政権を返還することによって、信託統治領でもなく何だかはっきりしない(結果的には戦争後の占領を既成事実として継続占領してきただけの)沖縄を、行政的に整理し、かつ軍事目的で使用を継続できるという何だかよく分からない「理想的な状態」を作り出しました。
アメリカ軍の沖縄駐留というのは国際法上でいうと何も根拠がなく、単なる既成事実で国際連合で認められた訳でもありません。
既成事実で、沖縄が日本の領土であるならば、アメリカは日米安保に基づき沖縄に駐留事が出来ます。
ところが沖縄が日本でなくなる場合は、アメリカは沖縄に駐留する根拠を失います。再度アメリカ占領下にする事は出来ずこの場合には「国連信託統治領」になり、中国、ロシアとの共同管理が必要になります。
もちろん、米軍基地を置く事は不可能になります。
続く
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これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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