中共支配地域に残留孤児が多いわけ
投稿者: run_run72 投稿日時: 2012/07/07 00:34 投稿番号: [190455 / 196466]
中共が、日本人を徴用したり抑留したりして、日本人孤児を作りだしたんだよ。
中共の支配地域に限って、日本人がなかなか帰国できないことが
国会で問題になっている。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/008/1208/00810311208011a.html
第008回国会 海外同胞引揚に関する特別委員会 第11号
昭和二十五年十月三十一日(火曜日)
午前十一時二十三分開議
なぜこのように中共地区に日本人が多数残留を余儀なくせしめられているか。この答えはきわめて明白であります。すなわち中共軍が終戰後満洲に進駐以来、全満各地において日本人技術者の徴用が全面的に行われたためであります。最も合法的な徴用は、当時各地につくられていました日本人会を通じて行われたものであります。新京では一九四六年の四月、同じく五月に約五百名の医師、看護婦が日本人民会を通じまして徴用されております。四月二十五日、当時の吉江軍区の外交部長であります長蓼一帆氏並びに衛生部長林士笑氏、続いて五月二十二日には人民自治軍総衛生部長賀淺氏との間に議定書が正式に手交されまして、日本人医師、看護婦三百九十八名が徴用されたのであります。この議定書には徴用期間は三箇月と規定され、また期間中といえども内地帰還はこれを妨げざることという項目がはつきりうたわれているのであります。しかるにこの約束は遂に守られずに今日に至つている現況であります。このように比較的合法的に徴用されましたところのものは四五年八月から四六年九月までに錦州において三百数十名、北安において百名とか、また安東、牡丹江、佳木斯、チチハル、ハルピン等には十六歳以上三十四、五歳までの婦女子が多数徴用されたのであります。これらは比較的合法的に行われた例であります。
鞍山、本渓湖、安東におきましては多数の婦女子が拉致連行され、また四六年の九月の中共地区引揚時におきましては、不法にも引揚げ列車から帰女子が拉致連行されておるのであります。この人たちの多くは未婚あるいは夫をソ連領内に連行されました婦人たちであります。徴用者は右のような医療関係者のみではなく、広範囲に技術者は徴用されておるのであります。・・・
中共地区には一体何万人の日本人が残留しているか、この問題につきましては、いろいろな方面で論議されおるのでありますが、中共側からの正式発表は今日ありませんで、日本側が満洲地区の終戰時の引揚げ対策基本数を百十万五千八百三十七名とし、正式引、揚者百四万五千五百二十五名、これを引きましたところの六万三百十二名と推定しているのでありますが、引傷者の報告並びにわれわれ現地において調査作成した資料によりますと、十万以上と推定されます。また中共地区で発行されておりますところの民主新聞は、一九四八年に残留日本人を十二万と発表したと報告する者も出ております。従いまして六万をはるかに上まわるものと推定できるのであります。一九四九年の九月に引揚げて来られました人々からの報告によりますと、満洲地区に約四万五千名と言われております。これは項目別、地区別に申し上げると時間がかかりますので、省略さしていただきます。この数字はいずれも四九年の九月の引揚者がそれぞれの在留地で確認して持ち帰つた数字であります。未確認の数字を入れるときには、あるいは南方に移動した人々の数を入れれば、六万をはるかに越えることは想像にかたくないのであります。大体これらの抑残留者の区別を大別しますと、戰闘員、医務関係者あるいは担架隊要員、軍需工場関係技術者、軍夫として中共軍に留用されておりますところのいわゆる参軍者、それと技術関係者、技能者、医務関係者、労務者として政府機関または・・
中共の支配地域に限って、日本人がなかなか帰国できないことが
国会で問題になっている。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/008/1208/00810311208011a.html
第008回国会 海外同胞引揚に関する特別委員会 第11号
昭和二十五年十月三十一日(火曜日)
午前十一時二十三分開議
なぜこのように中共地区に日本人が多数残留を余儀なくせしめられているか。この答えはきわめて明白であります。すなわち中共軍が終戰後満洲に進駐以来、全満各地において日本人技術者の徴用が全面的に行われたためであります。最も合法的な徴用は、当時各地につくられていました日本人会を通じて行われたものであります。新京では一九四六年の四月、同じく五月に約五百名の医師、看護婦が日本人民会を通じまして徴用されております。四月二十五日、当時の吉江軍区の外交部長であります長蓼一帆氏並びに衛生部長林士笑氏、続いて五月二十二日には人民自治軍総衛生部長賀淺氏との間に議定書が正式に手交されまして、日本人医師、看護婦三百九十八名が徴用されたのであります。この議定書には徴用期間は三箇月と規定され、また期間中といえども内地帰還はこれを妨げざることという項目がはつきりうたわれているのであります。しかるにこの約束は遂に守られずに今日に至つている現況であります。このように比較的合法的に徴用されましたところのものは四五年八月から四六年九月までに錦州において三百数十名、北安において百名とか、また安東、牡丹江、佳木斯、チチハル、ハルピン等には十六歳以上三十四、五歳までの婦女子が多数徴用されたのであります。これらは比較的合法的に行われた例であります。
鞍山、本渓湖、安東におきましては多数の婦女子が拉致連行され、また四六年の九月の中共地区引揚時におきましては、不法にも引揚げ列車から帰女子が拉致連行されておるのであります。この人たちの多くは未婚あるいは夫をソ連領内に連行されました婦人たちであります。徴用者は右のような医療関係者のみではなく、広範囲に技術者は徴用されておるのであります。・・・
中共地区には一体何万人の日本人が残留しているか、この問題につきましては、いろいろな方面で論議されおるのでありますが、中共側からの正式発表は今日ありませんで、日本側が満洲地区の終戰時の引揚げ対策基本数を百十万五千八百三十七名とし、正式引、揚者百四万五千五百二十五名、これを引きましたところの六万三百十二名と推定しているのでありますが、引傷者の報告並びにわれわれ現地において調査作成した資料によりますと、十万以上と推定されます。また中共地区で発行されておりますところの民主新聞は、一九四八年に残留日本人を十二万と発表したと報告する者も出ております。従いまして六万をはるかに上まわるものと推定できるのであります。一九四九年の九月に引揚げて来られました人々からの報告によりますと、満洲地区に約四万五千名と言われております。これは項目別、地区別に申し上げると時間がかかりますので、省略さしていただきます。この数字はいずれも四九年の九月の引揚者がそれぞれの在留地で確認して持ち帰つた数字であります。未確認の数字を入れるときには、あるいは南方に移動した人々の数を入れれば、六万をはるかに越えることは想像にかたくないのであります。大体これらの抑残留者の区別を大別しますと、戰闘員、医務関係者あるいは担架隊要員、軍需工場関係技術者、軍夫として中共軍に留用されておりますところのいわゆる参軍者、それと技術関係者、技能者、医務関係者、労務者として政府機関または・・
これは メッセージ 190452 (jm_s1960 さん)への返信です.
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