日中関係

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尖閣諸島は国際法上の日本国領土である

投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/05/10 21:04 投稿番号: [188980 / 196466]
ま、いろいろ反論する投稿もあるが、これらの投稿はすべて日本の国際法上の領有権を否定する根拠になっていない。地図になかったとか、中原王朝の古文書に記されているとか、清朝の西なんとか皇后がだれそれに下賜したとか、様々なことを挙げているが、中国が国際法上で領有権を主張したことはないし、中原王朝が尖閣諸島を支配下に置いたこともない。古文書にその島の記録があるだけでは領有権が認められることはない。支配し人が住まなければ単なるどこにも所属していない絶海の無人島に過ぎない。日本も1985年までは日本領土と認識していなかったのであるから、それ以前の地図には日本領との記載はない。同じく中国でも中国領との記載がない。どこの国にも所属していない島であったということだ。ただし、沖縄漁民や台湾漁民がその島の海域で漁をしておったから、島の存在はこれら漁民には周知のことであったと考える。

こういう無人の島でどこの国にも所属していない島の場合、最初に住み着いた人々の国が先取権を有するが、別の国の人々に何らかの手段で追い払われ、その追い払った国の人々が住み着けば、今度は追い払った人々の権利が強くなる。しかし、これは国際法・ルールが誕生する前の話である。世界の各地で国や王朝が誕生しては消えた。そのような時代には国際法などは芽生えてすらいなかった。

国際法・ルールらしきものが芽生えたのは、欧米列強によるコモンローの延長で、国際的な領土権に対してもこのコモンローのルールをお互いに黙認し合おうということから始まった。何のことはない、欧米列強による植民地争奪戦の産物である。しかし、当時の世界は欧米列強により、その植民地化政策により支配されていたと申しても過言ではない。世界の弱小国や発展途上国は、欧米列強の植民地下に甘んじていた。大国のインドがそうであり、東南アジア諸国もタイのみを除き、すべて欧米列強の支配下にあった。

このような中、清国も欧米列強に侵食されはじめた。満州は帝政ロシアに、三東半島はドイツに、長江沿岸と流域は大英帝国に、そして南部とインドシナ半島はフランスに侵食されている。それでも独立国として欧米列強の影響力を排除し健在であったのは、日本のみであった。そんな清朝を宗主国と仰ぐ朝鮮半島はまさに帝政ロシアの南下政策の前に風前の灯状態だったな(苦笑)。

帝政ロシアの南下政策に危機感を抱いた日本の明治政府は、当時の朝鮮半島の李朝に開国を迫り、日本と共同で欧米列強に対抗しようと交渉したが、李朝はのらりくらりであった。清朝もあいかわらずふがいなかった。

経過を話すと長くなるからこの辺にしておくが、結果は日清戦争ということになった。日本が清国に勝利したことをもって、台湾の割譲と遼東半島を含む満州の権益を日本が得たが、帝政ロシアをはじめとする欧米列強の強い反対に会い満州と遼東半島の権益を清朝に返還した。ところが日本が返還したはずの満州と遼東半島は、帝政ロシアが権益を握ってしまったのである。日清戦争の結果としての権益に強力に反対していたロシアがその権益を握ってしまったのである。清朝のふがいなさ、欧米列強の傲慢さだな。この結果、日本は帝政ロシアの南下政策に対抗するために戦った血の戦争が無意味と化した。そして日露戦争となる。欧米列強中の列強である帝政ロシアと日本は背水の陣で戦ったのである。

話が脱線したが、日清戦争の結果、日本が清国から割譲を受けた領土には尖閣諸島は含まれていない。理由は、尖閣諸島は下関条約締結前に日本は国際法上の手段で日本領としていたからである。このことは、サンフランシスコ条約においても追認されている。したがって、現中国(中華人民共和国)がいちゃもんつける国際法上の根拠はまったくないということだ。
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