Re: 戦後の日本領土はサンフランシスコ条約
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2012/04/22 00:22 投稿番号: [188644 / 196466]
このyamato_fuhito(倭腐人)、馬鹿じゃない?既に十数年前に論破された物を持ち出す、どうするなんよ。
http://japanese.china.org.cn/jp/archive/dydzt/2009-02/04/content_17223428.htm1996年10月18日付
「人民日報」第8面
作者:鐘厳
釣魚島問題について(三)
三、 国際法から見る釣魚島の領有権問題
「抜枠」
最近、日本の『産経新聞』に、1920年5月20日に中華民国政府駐長崎領事の記した「感謝状」が掲載され、中国の主張を覆す一級の「有力資料」となっている。この「感謝状」には「中華民国8年、福建省恵安県の漁民、郭和順ら31人が遭難し、日本の沖縄県八重山郡尖閣列島にある和洋島に漂着した」と書かれており、これは中国が「尖閣列島が日本の領土であることを認める最も有力な証拠」であるとしている。
この「感謝状」は証拠として乏しい。というのも、1895年に日本が不平等な『馬関条約(下関条約)』によって中国の台湾省を占領し、これに前後して釣魚島を盗み取っている。釣魚島もまた台湾に属する島であり、この状態は1945年の日本の敗戦まで続いている。よって、この期間の「感謝状」の中の表記も、当時の日本が台湾や釣魚島を占領している状況を反映しているものと見られ、釣魚島を日本の「固有の領土」であることを証明することができない。史料によると、1941年に同じく日本の統治下にあった沖縄と台湾は、漁業問題に起因して釣魚島で争いを起こしており、東京の裁判所は釣魚島を「台北州」の管轄との判断を下している。このように、当時の日本は法律の面でも釣魚島を沖縄県所属とは認めていない。
これは メッセージ 188631 (yam**o_fu*ito さん)への返信です.
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