Re: 生不帯来、死不帯去
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/09 22:35 投稿番号: [186587 / 196466]
弁奇先生は言います。
>生不帯来、死不帯去<
つまり、人は何も持たずに生まれ、何も持たずに死んでゆく。
だから、人は平等なのだ・・と。
現実はどうですか?
確かに、人は何も持たずに生まれて来ますが、生まれたその時、五体満足かどうか分かりません。盲目かも知れない。知能が無いかも知れない。
つまり、世の中には苦しみを負って生まれる子供もあるわけです。
おぎゃ〜の声もなく、死んで生まれる子供もありますね。
人間、平等ではないのです。幸運な人は生まれる時、全てを持っているのです。
それ以前に、貧しい夫婦は子供を産みません。子供は欲しいけれど育てられないから産まないのです。
本来なら生まれているはずの子供がここに存在しないと云うことは、生まれることさえ許されない子供がいると云うこと。
究極の不平等ではありませんか?
私は高齢者ですから、間もなく死ぬでしょう。
あの世へ何も持ってゆきませんが、この後、私より貧しい息子や孫たちは大丈夫だろうか・・と心配しながら死ぬのです。
死ぬのはかまわないけれど、心配しながら死なねばならない。
安らかに瞑目できないとなれば、これまた不平等ではありませんか?
これは メッセージ 186563 (taipei_made_benki さん)への返信です.
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