Re: 自然科学とゲーム理論。
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/01/11 15:32 投稿番号: [185925 / 196466]
私はこう考えます。
人間の精神活動は、自然の方程式とは関係ないと思いますし、精神活動を自然の方程式に完全に合わせる必要性はありません。>
地球の自然環境を考えれば、人間は滅んでしまった方が自然に優しいです。
これが、一番のエコでしょう。>
私は違います。
自然の構成要素として人間は他の生物や無機物同様に生まれてきました。
生きれば生きたで、死んだら死んだで影響を及ぼす。
当然です、自然の構成要素ですから。
総ての生き物は、生と死を背中合わせに産まれてきます。
生き抜くという目標と同時に、死に至るまでに種子を撒くのが基本。
増えすぎれば淘汰され、環境に適応できなければ滅びもします。
種が同じ形で繋がるかどうかも未確定です。
形を変えて新種となって繋がる可能性も内包します。
ですが、逆に自然が滅びから護っている部分っも多々あります。
そうでなければ、端から生き抜けやしません。
制約は自然の側にあるのではなく、人間のがわにあると思っております。
だからこれは、必ずしも当たらないと考えます。
↓
「地球の自然環境を考えれば、人間は滅んでしまった方が自然に優しいです。」
「これが、一番のエコでしょう。」
でもこれだけは確かです。
↓
「自然が滅びる以前に人間が滅びる。」
「植物が滅びる前に人間が滅びる。」
「だが、自然や植物は人間や他の動物ほど簡単に滅びない。」
人間の醍醐味とは、どう自然を知り、相互利用・活用して繁栄するか。
智恵が足りず、浪費して自然に仇為す存在となれば相応のしっぺ返しが来る。
最悪は、害種としてオートマティックに排除される。
人間以外の動物は全て、自然科学の定理に支配されて制約されていますが、
人間だけが自然科学の定理に逆らっています。まあ、それが、人間の人間たる
所以じゃないでしょうか。>
思い違いです。
それに、自然に定理はありません。
あるのは摂理です。
定理とは人間が生み出す認識の一部です。
貴方のいう、ゲームの部分ですよ。
自然の摂理に沿っている間は繁栄しますが、相反してくれば徐々に滅びのメカニズムよって抹殺され待ていきます。
人間の種のサイクルなど、自然や植物のサイクルからすれば一瞬のことです。
動物の全体のサイクルから見ても長くはありません。
人間が、一番長生きできる場所は、牢獄です。
きちんと定時に起床し、毎日規則正しく労働を行い、酒、たばこも吸わず、決められたカロリーをとり、キチンと就寝すれば、長生きできます。>
でも、自分は、一生を牢獄で過ごしたいとは思いません。>
どんな生活環境であっても、精神性が伴えば牢獄ではなく、伴わなければ牢獄です。
また、あなたの書いた物理的現象を要件としただけでは、長生きしません。
少々の変色や不規則な生活習慣と怠惰があっても、精神的な充足がその日常の大半を占めれば長生きします。
逆に、どんなに規則正しく適正な食事をし、睡眠と労働を適正にとっても、精神的充足が日常に殆どないのであれば、短命に終わります。
どんなに節制した生活を送って、どれだけ適正な労働と睡眠時間の中で生活できても、どれの人生は短い。
逆に、多少飽食であっても不規則で怠惰な生活が日常の大半であっても王様の方が長生きする。
そういったことも自然の摂理に沿ったことです。
はっきり言うと、ゲーム理論をなりたたせる為に、自然科学を征服しなければならないのです。>
ムザムザ、鳥インフルエンザ等に依って人口制御されるのは、避けたい所です。>
そうやって、思い上がって勘違いした弱肉強食を繰り広げた文明は、どう転んでも自ら砂漠化して滅んでいきます。
自然を制すると言いながら、水を制しない愚かな先人には学ばないでください。
人間の精神活動は、自然の方程式とは関係ないと思いますし、精神活動を自然の方程式に完全に合わせる必要性はありません。>
地球の自然環境を考えれば、人間は滅んでしまった方が自然に優しいです。
これが、一番のエコでしょう。>
私は違います。
自然の構成要素として人間は他の生物や無機物同様に生まれてきました。
生きれば生きたで、死んだら死んだで影響を及ぼす。
当然です、自然の構成要素ですから。
総ての生き物は、生と死を背中合わせに産まれてきます。
生き抜くという目標と同時に、死に至るまでに種子を撒くのが基本。
増えすぎれば淘汰され、環境に適応できなければ滅びもします。
種が同じ形で繋がるかどうかも未確定です。
形を変えて新種となって繋がる可能性も内包します。
ですが、逆に自然が滅びから護っている部分っも多々あります。
そうでなければ、端から生き抜けやしません。
制約は自然の側にあるのではなく、人間のがわにあると思っております。
だからこれは、必ずしも当たらないと考えます。
↓
「地球の自然環境を考えれば、人間は滅んでしまった方が自然に優しいです。」
「これが、一番のエコでしょう。」
でもこれだけは確かです。
↓
「自然が滅びる以前に人間が滅びる。」
「植物が滅びる前に人間が滅びる。」
「だが、自然や植物は人間や他の動物ほど簡単に滅びない。」
人間の醍醐味とは、どう自然を知り、相互利用・活用して繁栄するか。
智恵が足りず、浪費して自然に仇為す存在となれば相応のしっぺ返しが来る。
最悪は、害種としてオートマティックに排除される。
人間以外の動物は全て、自然科学の定理に支配されて制約されていますが、
人間だけが自然科学の定理に逆らっています。まあ、それが、人間の人間たる
所以じゃないでしょうか。>
思い違いです。
それに、自然に定理はありません。
あるのは摂理です。
定理とは人間が生み出す認識の一部です。
貴方のいう、ゲームの部分ですよ。
自然の摂理に沿っている間は繁栄しますが、相反してくれば徐々に滅びのメカニズムよって抹殺され待ていきます。
人間の種のサイクルなど、自然や植物のサイクルからすれば一瞬のことです。
動物の全体のサイクルから見ても長くはありません。
人間が、一番長生きできる場所は、牢獄です。
きちんと定時に起床し、毎日規則正しく労働を行い、酒、たばこも吸わず、決められたカロリーをとり、キチンと就寝すれば、長生きできます。>
でも、自分は、一生を牢獄で過ごしたいとは思いません。>
どんな生活環境であっても、精神性が伴えば牢獄ではなく、伴わなければ牢獄です。
また、あなたの書いた物理的現象を要件としただけでは、長生きしません。
少々の変色や不規則な生活習慣と怠惰があっても、精神的な充足がその日常の大半を占めれば長生きします。
逆に、どんなに規則正しく適正な食事をし、睡眠と労働を適正にとっても、精神的充足が日常に殆どないのであれば、短命に終わります。
どんなに節制した生活を送って、どれだけ適正な労働と睡眠時間の中で生活できても、どれの人生は短い。
逆に、多少飽食であっても不規則で怠惰な生活が日常の大半であっても王様の方が長生きする。
そういったことも自然の摂理に沿ったことです。
はっきり言うと、ゲーム理論をなりたたせる為に、自然科学を征服しなければならないのです。>
ムザムザ、鳥インフルエンザ等に依って人口制御されるのは、避けたい所です。>
そうやって、思い上がって勘違いした弱肉強食を繰り広げた文明は、どう転んでも自ら砂漠化して滅んでいきます。
自然を制すると言いながら、水を制しない愚かな先人には学ばないでください。
これは メッセージ 185919 (sintyou7 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/185925.html