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琉球王朝時代の尖閣諸島名

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2010/09/19 22:26 投稿番号: [183826 / 196466]
は、「クバ」とよまれていました。

<<他方琉球も、十四世紀の初めには、季節風を実際に利用するにいたっていた。すなわち洪武五年(一三七二年)琉球が中国との進貢・冊封の関係を開いた最初の頃から、琉球の進貢船載貨に胡椒、蘇木、乳香といった南洋産物資が少なからず含まれていたばかりでなく、それ以前の元延裕四年(一三一七年)、すでに琉球船(宮古船)二隻、乗員六十余人がシンガポール付近で交易をおこなっていた事実を重修『温州府志』(一六〇五年)巻十八はあきらかにしている。

これら南洋諸地域との交易において琉球人がその帰途に南風の季節風を利用していたことは、いくつかの古文書によっても立証されている。すなわち安里延氏は『日本南方発展史』の中で、『おもろそうし』巻十三および『歴代宝案』所収の『南洋諸国宛琉球国王咨文』をあげて、このことを指摘されている。

「南風そよそよと吹きそめ何たれば、鈴鳴丸よ、唐南蛮よりの貢物を満載して我が君に奉れよ、追手のそよそよと 吹きそめたれば」(『おもろそうし』巻十三、安里氏訳)

「来人を寛●し、蘇木、胡椒等の物を貿易し、早く風を趁ふて国に回へらしめよ」(『歴代宝案』所収「咨文」)「仍ち煩はし、聴くらくは、今差去の人員、早に及んで打発し、風を■ひ趁ふて、迅かに国に回へらしめよ」(同上)

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