Re: 哲学論議
投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2010/06/20 00:26 投稿番号: [183065 / 196466]
このようにコバやjm、jpなどが逆上し感情的に罵倒を返してくる理由をもう少し掘り下げてみる。
私は No.183064 で
「ただ、身内の中で嫌われる、憎まれる、軽蔑されることを死ぬほどおそれます。それこそ、面子を失うとは、そう言うことですから。ここの阿呆たちの中国漫才を見物しているとよくわかります。」
と書いているが、なぜなのかを解明したい。単に面子の問題だけでここまで屁理屈を並べ事実を無視し罵倒を返すのは、単にコバたちが異常だからというだけの理由ではない。
一口で言えば、中国が密告社会だからだろう。かつて、毛沢東は権力を掌握する仮定で、対立する同じ共産党内に、AB団が居ると言いだし、そのAB団が誰であるかを密告させた。
ちなみにAB団とは、アンチボルシェビキ団であり、文字通り反共産主義分子ということになる。そのような団体は当時は(その10年前には居なくなっていた)存在しなかったのだが、共産党内部で互いに相手を勝手に密告する者が出てきた。根拠なとあるわけがないことは毛沢東自身がよく知っていたが、なにしろ口実になれば良かったので、いったん密告されると、その人物を拘束し、残虐な拷問を加え、そして苦しさに耐えかねて嘘の自白をすると、それを証拠として人民裁判を行い、即時処刑する。
密告されるのは、共産党内で誰かに妬まれている、憎まれている、個人的な恨みを買っているなどの理由であって、反共産主義などとは全く関係がなかったが、毛沢東としては粛正する理由があれば良かったので、密告を奨励し、密告した者を取り立てた。その時、全くの冤罪で粛正された共産党員は1万人にもおよび、その過程で、毛沢東は全権を掌握した。
この密告制度は中国共産党では未だに続いている制度であり、冤罪であることが明らかでも排除する対象は、でっち上げの証言、目撃談、拷問による自白が証拠となり、対象者は容赦なく粛正されていった。
この密告制度が猛威をふるったのは、例の文革時であり、大躍進政策の失敗によって権力の座から引きずりおろされた毛沢東が、林彪のような軍人を取り込み、主として10代の学生たちに、造反有理を吹きこみ、すべての共産党の敵、すなわちインテリ、資産家、官僚などを粛正しなければならないと吹きこんだ。
全くまともな教育を受けていなかったこれら10代の青少年たちは、毛語録を手に昨日まで自分たちを教え導いていた教師、知識人、芸術家、そして親をも密告し、襲撃し、つるし上げて殺している。
15,6歳の紅衛兵たちはすべての学校で教師たちを拷問し、強制的に自白を取り、人民裁判を行い、多くを虐殺した。残虐な方法で殺せば殺すほど英雄になれた。
当時10代の人間たちで今生きている中国人はすべて紅衛兵上がりと言っていい。紅衛兵に逆らって生き延びることなど出来ず、親でも密告し粛正することが正しい毛沢東の教えと信じていたのだ。
この文革は、1966年から10年間続く。当時十代の人間と言えば、現在40代から60代の人間に当たり、これらの中国人はすべて、紅衛兵だったと断言できる。
まともな教育が完全に破綻し、その時代に大殺人者毛沢東の思想を植え付けられた人間たちであり、その世代、40−60代の人間が今中国の中枢にいるのだ。そして彼らはかつて、破壊の限りを尽くし、親、恩師といえども密告し糾弾し拷問し殺害した人間たちなのだ。例外はない。そして、今の青少年たちは、その紅衛兵上がりたちに育てられた新しい中国人たちだ。
この事実は、中国の近代史、特に文革を知れば、疑いはないのであり、当人たちの中にはむろん、まともな感覚を取り戻した人間もいるだろうが、当時破壊された価値観のままの人間がなお大勢居ることを否定するのは不可能だろう。
だから、毛沢東に多少の罪はあったが、功績の方が大きかったとして、未だに天安門にその肖像を掲げている。
言うまでもないが、ここに出てくる中国人は、紅衛兵の世代だ。彼らが密告を死ぬほどおそれ、そのために必死で反日を叫ばなければならない理由が納得できるだろう。彼らは互いに監視しあい、その行動は「人事档案」(档 この字がFEPに入っているとは知らなかった)に逐次記される。
この事実を理解すれば、jjcや付録たちの異常な反応が理解できるのではないだろうか。
私は No.183064 で
「ただ、身内の中で嫌われる、憎まれる、軽蔑されることを死ぬほどおそれます。それこそ、面子を失うとは、そう言うことですから。ここの阿呆たちの中国漫才を見物しているとよくわかります。」
と書いているが、なぜなのかを解明したい。単に面子の問題だけでここまで屁理屈を並べ事実を無視し罵倒を返すのは、単にコバたちが異常だからというだけの理由ではない。
一口で言えば、中国が密告社会だからだろう。かつて、毛沢東は権力を掌握する仮定で、対立する同じ共産党内に、AB団が居ると言いだし、そのAB団が誰であるかを密告させた。
ちなみにAB団とは、アンチボルシェビキ団であり、文字通り反共産主義分子ということになる。そのような団体は当時は(その10年前には居なくなっていた)存在しなかったのだが、共産党内部で互いに相手を勝手に密告する者が出てきた。根拠なとあるわけがないことは毛沢東自身がよく知っていたが、なにしろ口実になれば良かったので、いったん密告されると、その人物を拘束し、残虐な拷問を加え、そして苦しさに耐えかねて嘘の自白をすると、それを証拠として人民裁判を行い、即時処刑する。
密告されるのは、共産党内で誰かに妬まれている、憎まれている、個人的な恨みを買っているなどの理由であって、反共産主義などとは全く関係がなかったが、毛沢東としては粛正する理由があれば良かったので、密告を奨励し、密告した者を取り立てた。その時、全くの冤罪で粛正された共産党員は1万人にもおよび、その過程で、毛沢東は全権を掌握した。
この密告制度は中国共産党では未だに続いている制度であり、冤罪であることが明らかでも排除する対象は、でっち上げの証言、目撃談、拷問による自白が証拠となり、対象者は容赦なく粛正されていった。
この密告制度が猛威をふるったのは、例の文革時であり、大躍進政策の失敗によって権力の座から引きずりおろされた毛沢東が、林彪のような軍人を取り込み、主として10代の学生たちに、造反有理を吹きこみ、すべての共産党の敵、すなわちインテリ、資産家、官僚などを粛正しなければならないと吹きこんだ。
全くまともな教育を受けていなかったこれら10代の青少年たちは、毛語録を手に昨日まで自分たちを教え導いていた教師、知識人、芸術家、そして親をも密告し、襲撃し、つるし上げて殺している。
15,6歳の紅衛兵たちはすべての学校で教師たちを拷問し、強制的に自白を取り、人民裁判を行い、多くを虐殺した。残虐な方法で殺せば殺すほど英雄になれた。
当時10代の人間たちで今生きている中国人はすべて紅衛兵上がりと言っていい。紅衛兵に逆らって生き延びることなど出来ず、親でも密告し粛正することが正しい毛沢東の教えと信じていたのだ。
この文革は、1966年から10年間続く。当時十代の人間と言えば、現在40代から60代の人間に当たり、これらの中国人はすべて、紅衛兵だったと断言できる。
まともな教育が完全に破綻し、その時代に大殺人者毛沢東の思想を植え付けられた人間たちであり、その世代、40−60代の人間が今中国の中枢にいるのだ。そして彼らはかつて、破壊の限りを尽くし、親、恩師といえども密告し糾弾し拷問し殺害した人間たちなのだ。例外はない。そして、今の青少年たちは、その紅衛兵上がりたちに育てられた新しい中国人たちだ。
この事実は、中国の近代史、特に文革を知れば、疑いはないのであり、当人たちの中にはむろん、まともな感覚を取り戻した人間もいるだろうが、当時破壊された価値観のままの人間がなお大勢居ることを否定するのは不可能だろう。
だから、毛沢東に多少の罪はあったが、功績の方が大きかったとして、未だに天安門にその肖像を掲げている。
言うまでもないが、ここに出てくる中国人は、紅衛兵の世代だ。彼らが密告を死ぬほどおそれ、そのために必死で反日を叫ばなければならない理由が納得できるだろう。彼らは互いに監視しあい、その行動は「人事档案」(档 この字がFEPに入っているとは知らなかった)に逐次記される。
この事実を理解すれば、jjcや付録たちの異常な反応が理解できるのではないだろうか。
これは メッセージ 183039 (cobapics0506z さん)への返信です.
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