映画「台湾人生」
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/06/09 00:53 投稿番号: [182635 / 196466]
◆映画「台湾人生」
オープニングは、原住民の女性たちの茶摘みと、台湾語の歌。
人生の年輪が刻まれたその表情は、優しく暖かく人なつっこい。
この茶畑は、日本統治時代はコーヒー園だったという。
新高の
山のふもとの民草の
茂りまさると聞くぞ嬉しき
〔明治天皇〕
(現在日本で最も高い山は富士山だが、当時は台湾の新高山だった。)
陳清香さん、蕭錦文さん、宋定国さんとその友人・知人他の代わる代わるの独白で
映画は綴られる。全員日本語が上手だ。
みな広い立派な家に住み、裕福で、子や孫に囲まれしあわせそうだ。
原住民パイワン族から国会議員にまでのぼりつめた陳さんとそのお孫さん(女性)。
陳さんは今80歳、肝臓癌の末期というが矍鑠たるものである。
いつも動物の尻尾のついた帽子を愛用している。
陳さんは基隆(キールン)に住んでいた。
陳さんはうたう。
「雨も降れ
風も吹け
やまなす怒涛をなにか怖れん
♪ 」
「男なら、特攻隊行きますよ、行ってますよ、
天皇陛下バンザイと言って死んでました」
「負けたんだけれど、まだ勝つという気持ちは消えてなかった」
戦争が終って基隆に帰ってみれば、家は爆弾でやられ、家族は病気、
自分は徴用でとられ、カネもなく何もなかった。
日本はなんで我々を棄てたのか、少しでも守ってくれないのか、
大陸が何が怖いのか、靖国もっと参拝してください。
国家のために死んだ人、なんで拝んでいけないの ?
シナ人の(言ってること)、国家のためにけしからんこと・・・
蕭錦文さんは、二・二八紀念館と総統府のボランティア解説員をしている。
日本の歌が大好きで、日本の歌をうたいながら涙をふく。
日本に棄てられて、シナ人に押し込められ、いやな国に籍を置くようになってしまった。
学校の入学には日本人と差別があり、日本人のほうがずっと点数が甘かった。
軍隊には差別がないと思って志願したが、「チャンコロ」と言われた。
国を守る心は日本人以上だったのに。
つづく
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