『中国の悲しい遺産』
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/05/10 23:20 投稿番号: [181801 / 196466]
◆ベティ・パオ・ロード著・金美齢訳『中国の悲しい遺産』草思社
身の毛よだつ政治のおぞましさ―――――この四十年の検閲なき証言
初版刊行日 1992年11月10日
著者は上海生まれの女性。八歳で国民党政府の外交官だった父の任地・
アメリカに移り、アメリカ人の外交官と結婚した。
そして1985年11月から三年半、駐中国大使となった夫とともに「里帰り」した。
作家として名をなしていた著者は、滞在中に親族始め多くの中国人から、
この四十年間に起きたことを話してもらい、書き留めた。
文化大革命のときほどでは、今はもちろんないけれど、いつまた、昔のたわいない
言葉じりをとらえて「右派分子」や「反党分子」などと告発されることになるか
分からない―――大部分の中国人はそう思っている。
それでも著者には心を開いてくれた人々がかなりいた。
妻に密告された党幹部、父親が右派分子として拷問で殺された女優、
恋人にも本当のことが言えないジャーナリスト、いろいろな人が登場する。
しかし、やはり親類の人の話に迫真性がある。
教師をしていた叔母は教え子の紅衛兵につかまり、片側半分の髪をそられ、
学校の掃除用具入れに六ヶ月監禁されて毎日拷問された。
許可なしに口をきいたかどで何発もなぐられ、歯が折れた。
著者はそのとき紅衛兵の隊長だった青年と路上で会う。
彼は叔母にていねいにあいさつし、彼女も礼を返す。
叔母は「みんな歴史の犠牲」だったと笑うのだった。
73年に著者が初めて里帰りしたとき、叔父たちの一家は豪勢な部屋に住んでいた。
しかし、それはアメリカの外交官夫人に見せるために
その日だけあてがわれた高級幹部のアパートだった。
それだけではない。
空港からそのアパートまでの「道沿いに住む何百人という人々に家の掃除とペンキ
塗りが申し渡され」、著者が通るときには「一番いい服を着て歩くよう命令が下された」のだ。
著者はこれらの話を自らのなかの中国人である部分と
アメリカ人である部分との対話やかっとうをからめて書き進める。
そしてペンを執っている時期を、著者の帰国直前である胡耀邦総書記の死去の日、
89年4月15日から天安門事件の日、6月3〜5日までと設定して叙述を重ね合わせる。
それらがこの本を単なる聞き書きではない奥行きのあるものに仕立てている。
それにしても、政治のおぞましさに身の毛がよだつ。
ナチス・ドイツで、ソ連で、東欧で、、そして中国で、
二十世紀に入って繰り返されたこれら。
旧日本帝国も例外だったとはいえない権力の蛮行と民衆の迎合。
読み終えて、あらためて表紙を見ると、
金色の獅子が自らの爪を噛んでいる塑像の写真である。
中国が負の歴史を恥じているとの寓意なのだろうか。
【新聞書評欄より、石川真澄】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★ずっと以前ですが、わたしもこの本を読みました。
この書評を読んで、本を買いました。
中国は、とんでもない悲しい国ですね。
でも中国国民は「麻木(無感動・無関心・精神の麻痺)」なんでしょうね。
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身の毛よだつ政治のおぞましさ―――――この四十年の検閲なき証言
初版刊行日 1992年11月10日
著者は上海生まれの女性。八歳で国民党政府の外交官だった父の任地・
アメリカに移り、アメリカ人の外交官と結婚した。
そして1985年11月から三年半、駐中国大使となった夫とともに「里帰り」した。
作家として名をなしていた著者は、滞在中に親族始め多くの中国人から、
この四十年間に起きたことを話してもらい、書き留めた。
文化大革命のときほどでは、今はもちろんないけれど、いつまた、昔のたわいない
言葉じりをとらえて「右派分子」や「反党分子」などと告発されることになるか
分からない―――大部分の中国人はそう思っている。
それでも著者には心を開いてくれた人々がかなりいた。
妻に密告された党幹部、父親が右派分子として拷問で殺された女優、
恋人にも本当のことが言えないジャーナリスト、いろいろな人が登場する。
しかし、やはり親類の人の話に迫真性がある。
教師をしていた叔母は教え子の紅衛兵につかまり、片側半分の髪をそられ、
学校の掃除用具入れに六ヶ月監禁されて毎日拷問された。
許可なしに口をきいたかどで何発もなぐられ、歯が折れた。
著者はそのとき紅衛兵の隊長だった青年と路上で会う。
彼は叔母にていねいにあいさつし、彼女も礼を返す。
叔母は「みんな歴史の犠牲」だったと笑うのだった。
73年に著者が初めて里帰りしたとき、叔父たちの一家は豪勢な部屋に住んでいた。
しかし、それはアメリカの外交官夫人に見せるために
その日だけあてがわれた高級幹部のアパートだった。
それだけではない。
空港からそのアパートまでの「道沿いに住む何百人という人々に家の掃除とペンキ
塗りが申し渡され」、著者が通るときには「一番いい服を着て歩くよう命令が下された」のだ。
著者はこれらの話を自らのなかの中国人である部分と
アメリカ人である部分との対話やかっとうをからめて書き進める。
そしてペンを執っている時期を、著者の帰国直前である胡耀邦総書記の死去の日、
89年4月15日から天安門事件の日、6月3〜5日までと設定して叙述を重ね合わせる。
それらがこの本を単なる聞き書きではない奥行きのあるものに仕立てている。
それにしても、政治のおぞましさに身の毛がよだつ。
ナチス・ドイツで、ソ連で、東欧で、、そして中国で、
二十世紀に入って繰り返されたこれら。
旧日本帝国も例外だったとはいえない権力の蛮行と民衆の迎合。
読み終えて、あらためて表紙を見ると、
金色の獅子が自らの爪を噛んでいる塑像の写真である。
中国が負の歴史を恥じているとの寓意なのだろうか。
【新聞書評欄より、石川真澄】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★ずっと以前ですが、わたしもこの本を読みました。
この書評を読んで、本を買いました。
中国は、とんでもない悲しい国ですね。
でも中国国民は「麻木(無感動・無関心・精神の麻痺)」なんでしょうね。
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