明治6年から昭和20年までの日本の暦
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/01/07 11:29 投稿番号: [179801 / 196466]
明治6年から昭和20年までの日本の暦は太陽暦(正確に言うとグレゴリオ暦)を主文とし、やや小さい漢字で「○月○日」と太陰暦の月日が付記してあった。先勝→友引→先負→仏滅・・・なども書いてあったかも知れないが、二次大戦前まだ若造だったわしはそこまでは注意しなかった。
戦後わしはずっと台湾に住んでいるので、現在の日本の暦がどうなっているのか知らないが、諸氏の投稿から見ると、太陰暦の付記がなくなったのかも知れない。この次日本へ行ったら日本の現在の暦に太陰暦がまだ付記されているかどうか調べてみようと思う。
台湾で現在使われている暦は、太陽暦(グレゴリオ暦)を主文とし、太陰暦が付記してある。たとえば今日は太陽暦で1月8日だから、「8」の大きなアラビア数字があってそれが暦の主文である。その下に「十一月廿四」と小さな漢字があって、それは今日は太陰暦で11月24日であるという意味である。
昭和20年までの日本の暦は現在の台湾の暦と同じで、大きなアラビア数字でグレゴリオ暦の日を表示し、小さな漢字で太陰暦の月日が表示してあった。
国民党の革命闘士が太陰暦の印刷発売を禁止したことは事実であって、現在ではその歴史が忘れ去られたのである。
国民党が太陰暦(旧暦)を禁止しようとしても、民衆の旧暦への執着は制圧できなかった。清朝の暦編纂官が、清朝の滅びる前に1985年(?)ごろまでの太陰暦を計算してあった。民衆はそれを根拠に毎年の太陰暦を作り上げて使っていた。また日本の商人が商品宣伝のために、旧暦の記載のある日本の暦を支那に持って行って人々に分け与えたことも知られている。
清朝の暦編纂官が計算しておいた1985年(?)までの太陰暦はもう使い終わったが、わしの知る限りでは香港天文台や台湾の天文台が太陰暦の計算を続けている。日本にも太陰暦を計算しているグループがある。
これは メッセージ 179781 (cobapics0506z さん)への返信です.
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