Re: jpjpが妄想に耽る南京物語。。。
投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2009/09/15 00:41 投稿番号: [178356 / 196466]
>1.が南京軍事裁判で谷壽夫氏がその期間、南京に駐留していたとして裁かれた裁判ですが、谷壽夫氏が関与したと立証できない虐殺の罪まで着せて、犠牲が30万人以上に達するとして濡れ衣を着せられ、不当判決で命を奪われた事は、jpjpの姑息な言い訳も不当裁判である事を証明する事になりましたね。
(判決文HP:ttp://www.geocities.jp/yu77799/gunjihoutei.html)
<<<
お前さんはどこまで頭が悪いか。
東條も中国に足を踏まなくても、アメリカ真珠湾の攻撃に直接参戦しなくても、責任も問われたように、彼の率いる日本兵がもっとも大虐殺を行い、指揮官とした彼の責任が問われているんだろう。
ようは、状況証拠でもっての判決だろう。
お前さんが状況証拠という意味が分かっていないから、不当化したんだな。
>No.109998】までの議論で、『南京陥落から三日後の十二月十六日には南京から揚子江上流の蕪湖に転戦しており、十日間も南京にとどまっていなかった』『谷中将については、蕪湖で師団長を交代するさい、別れを惜しむ兵士らのために午前二時まで揮毫(きごう)に応じる様子などが記されている。』ことを証明しましたので、谷壽夫氏が南京に駐留した期間は5日間も居なかったことになりますね。
<<<
南京を離れる前に彼が何をやったの?
1日の大虐殺を行っても、罪が問われるんだろう。(彼にしてみれば、判決文に書いているように管理責任が問われている)
>【No.178273】の南京人の増減に変化が無い事は第一級資料からも明白で<<<<
第一次資料として提示されただけであって、資料内容が正確とは限らない。
それから、日本人の手による訳文で、第一次資料とみなさない。
ほとんどという言葉も使われたし、安全区の人口なのか、南京市人口なのか不明朗で、価値のある英文をみせてくれや。
南京城は2月25日まで、日本犬兵が、人の出入りを厳しく制限し、その間、南京人口が20万人なら、何故、25万にまで増えた。この5万人は市内から安全と思われる安全区に移動したんだろう。(状況証拠)
状況証拠からみても、そもそも、20万人は予測値であり、実測値でないことは、裁判の証言で、はっきりと予測値と答えであった。
同様、「市内に10万人ほどがそれ弾に危険をされているとアメリカ側の第一次資料もあった。」。
>戦闘でなくなった日本軍人や中国軍人の死体が存在しても不思議ではありませんし<<<
本当に頭悪いな。
両方の死者があるのが当たり前のことで、死体を収容し始めたのが22日以降のことだろうが。少し反証側なんだから、せめて提示してあげた資料を努力し読んだら、どう? 頭が悪いから、理解できないのか。(失礼)
>つまり、【No.178335】で掲示した『共産党刊行雑誌『群集』第1巻第4期(1938年1月1日)「短評」欄』の期間ですが、だとすると、やっぱり、【とりわけ南京市の大虐殺は、人類有史以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録をつくることとなった。】という日本文は可笑しいですね<<<
言い回しが日本語らしくでないからこそ、直訳で、俺からみたら、もっとも中国語らしい表現である。
これ言ってあげても、お前さんには理解できないんだろうな。
お前さんが頭が悪いから、いつも自分の「頭を吊り上げる」ような言い方をするよね。
日本文でないんだろう。
>陥落から3ヶ月後=22万1150人とルイス・S・C・スミス博士が学生を動員して調査ではな<<<
また、あほなことを書いてしまうな。
陥落以前は、学生など動員して、南京市人口を実測しなかったことを裏付けているんだろう。お前さんのいう第一次資料としては不正確であることが証明された。
お前さんには理解できそうもないから、解説してあげる。
ようは、お前さんが信じ込んだ20万人が元々幻の数値で、今の22万1150人がいくら正確であっても、両者を比べても意味がない。
状況証拠として、30万死体が何より正確である。
(判決文HP:ttp://www.geocities.jp/yu77799/gunjihoutei.html)
<<<
お前さんはどこまで頭が悪いか。
東條も中国に足を踏まなくても、アメリカ真珠湾の攻撃に直接参戦しなくても、責任も問われたように、彼の率いる日本兵がもっとも大虐殺を行い、指揮官とした彼の責任が問われているんだろう。
ようは、状況証拠でもっての判決だろう。
お前さんが状況証拠という意味が分かっていないから、不当化したんだな。
>No.109998】までの議論で、『南京陥落から三日後の十二月十六日には南京から揚子江上流の蕪湖に転戦しており、十日間も南京にとどまっていなかった』『谷中将については、蕪湖で師団長を交代するさい、別れを惜しむ兵士らのために午前二時まで揮毫(きごう)に応じる様子などが記されている。』ことを証明しましたので、谷壽夫氏が南京に駐留した期間は5日間も居なかったことになりますね。
<<<
南京を離れる前に彼が何をやったの?
1日の大虐殺を行っても、罪が問われるんだろう。(彼にしてみれば、判決文に書いているように管理責任が問われている)
>【No.178273】の南京人の増減に変化が無い事は第一級資料からも明白で<<<<
第一次資料として提示されただけであって、資料内容が正確とは限らない。
それから、日本人の手による訳文で、第一次資料とみなさない。
ほとんどという言葉も使われたし、安全区の人口なのか、南京市人口なのか不明朗で、価値のある英文をみせてくれや。
南京城は2月25日まで、日本犬兵が、人の出入りを厳しく制限し、その間、南京人口が20万人なら、何故、25万にまで増えた。この5万人は市内から安全と思われる安全区に移動したんだろう。(状況証拠)
状況証拠からみても、そもそも、20万人は予測値であり、実測値でないことは、裁判の証言で、はっきりと予測値と答えであった。
同様、「市内に10万人ほどがそれ弾に危険をされているとアメリカ側の第一次資料もあった。」。
>戦闘でなくなった日本軍人や中国軍人の死体が存在しても不思議ではありませんし<<<
本当に頭悪いな。
両方の死者があるのが当たり前のことで、死体を収容し始めたのが22日以降のことだろうが。少し反証側なんだから、せめて提示してあげた資料を努力し読んだら、どう? 頭が悪いから、理解できないのか。(失礼)
>つまり、【No.178335】で掲示した『共産党刊行雑誌『群集』第1巻第4期(1938年1月1日)「短評」欄』の期間ですが、だとすると、やっぱり、【とりわけ南京市の大虐殺は、人類有史以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録をつくることとなった。】という日本文は可笑しいですね<<<
言い回しが日本語らしくでないからこそ、直訳で、俺からみたら、もっとも中国語らしい表現である。
これ言ってあげても、お前さんには理解できないんだろうな。
お前さんが頭が悪いから、いつも自分の「頭を吊り上げる」ような言い方をするよね。
日本文でないんだろう。
>陥落から3ヶ月後=22万1150人とルイス・S・C・スミス博士が学生を動員して調査ではな<<<
また、あほなことを書いてしまうな。
陥落以前は、学生など動員して、南京市人口を実測しなかったことを裏付けているんだろう。お前さんのいう第一次資料としては不正確であることが証明された。
お前さんには理解できそうもないから、解説してあげる。
ようは、お前さんが信じ込んだ20万人が元々幻の数値で、今の22万1150人がいくら正確であっても、両者を比べても意味がない。
状況証拠として、30万死体が何より正確である。
これは メッセージ 178348 (keijiban1234 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/178356.html