カラコルム峠
投稿者: asia1867 投稿日時: 2008/11/14 01:57 投稿番号: [174502 / 196466]
旧陸軍大佐
日野強
由来南北支那に対して、講究研鑚(けんさん)するの士すくなからざるも、新疆について言及するの人ははなはだまれなるに似たり。これ吾人の切に遺憾とする所にして、識者の一考を煩わさざるを得ず。それ新疆の地たる、わが国と相へだたること数千里の遠きに僻在し、わが国の利害と直接相関するものなきに似たりといえども、等しく清国の領土に属し、その喪失は、老大帝国瓦解の前提たらざるを保すべからず。千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の一穴よりついえ、至堅の框木も一楔木の挿入より裂くるを思わば、いずくんぞ寒心せざるをえんや。事すでにここにいたらば、清国領土の保全を大方針とし、東亜振興の牛耳を握る帝国は果してこれを対岸の火災視しうべきや否や、識者を待たずして知るべきなり。
後年、清国は崩壊し、軍閥跋扈。
大正15
「銀塊の底抜けに支那購買力減殺」
東三省財政状態は、軍事費が支出の80%以上を占めていた。
昭和3年
「奉票惨落で立会中止」
そして、昭和6年
2個師団程度の兵力で。
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