簡略体を批判されてとにかく
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/10/01 16:46 投稿番号: [173234 / 196466]
反論をする御仁が居るが、問題点はそう言うところではない。
漢字はどう形を省略しても漢字であり、基本的に語彙の数だけ漢字が要る。結局中国は表音文字を開発するに至らなかったと言うこと。
日本は漢字を取り入れることで、膨大な同音異義語を使い分け、抽象概念も表現できると同時に、表音文字を組み合わせることで文章表現の自由さを得た。
表意文字、表音文字それぞれに長所短所があり、両者を組み合わせて使用する文字体系は事実上日本語しかない。それにより、語彙の豊富さを支えることが出来て、それはとりもなおさずきわめて複雑な意味を文章に込めることが出来ることになる。
確かに、日本は文字として漢字を最初に取り入れることで豊富な語彙を増やすことが出来た。日本語の半分は漢語由来と言われている。さらに、日本独自の語彙も漢字を使うことで増やすことが出来た。しかし、当然ながら漢字の学習はきわめて困難であり、一部の非生産者が時間をかけて行わなければならず、中国では文字は一般庶民に縁のない物であり、それが科挙などではとにかく文字を読みこなすことだけが能力判定の基準になるなど、きわめていびつな知識階級を産み出すに至った。
日本では、まず僧侶がカタカナを発明し経文の暗記をしやすくなり、また漢字を崩して平かなを創り出して最低限平かなだけでも文字が使えるようになった。それを土台として漢字を学習することが一般庶民の識字率を上げることに貢献した。
つまり表音文字を日本独自に創りだしたことで一般庶民も膨大な語彙を表現でき、そのために複雑な抽象概念も理解できるようになった。
単に覚えやすいから平かなカタカナが出来たのではなく、漢字と組み合わせることで複雑な表現が出来、一度文字で学習すれば、それらの語彙も理解できる、すなわちそれらの豊富な語彙を使用して嗜好が出来ることを意味する。表意文字と表音文字の組み合わせにはそれだけの価値がある。
世界でも日本人が日常的に使用する語彙数は極端に多いことで知られている。
ウィキの「語彙」によれば
各語の90%以上を理解しようとする場合、フランス語が約2000語、英語が3000語、ドイツ語が約5000語、日本語が10000語と言われている[要出典]。
つまり日本語の語彙が多いことは日本語による思考がきわめて複雑であることを示している。
文字の学習が難しい中国ではまともな本を読める人間が少ないと言うことであり、本から知識を得ることが難しいことを意味する。つまり、まともな知識を持っている中国人は少ない。
ところで、これと全く逆なのが韓国であり、かつて漢字を全く廃してしまったため、漢字でしか理解できない同音異義語の理解が出来なくなってしまった。そこで、理解できない言葉は覚えないことになる。つまり語彙から省かれてしまうので、韓国語の語彙はきわめて貧弱になりつつある。
語彙が貧弱であるとは、つまり複雑で抽象的な思考が出来ないことを意味し、これではせっかく文字を覚えても本から知識を得るなど出来ない。どうせ理解できない言葉は最初から本には載せられていないからだ。
さすがに韓国でも危機感を覚え、漢字教育を再開すべしとの論がわき上がっているが、たぶん間に合わない。漢字教育が行き渡る前に韓国は北朝鮮並みになる。知識もなく思考も出来ない韓国人に今の難局は乗り切れない。
文字を覚えることが出来ずに思考能力を失った中国人、豊富な思考力を支える文字体系を持たない韓国人、双方とも思考力自体に重大な欠陥を持ってしまった。
千年以上も前に完全な表音文字として平かな、カタカナを発明した日本人が豊富な語彙を使いこなし、複雑な思考を可能にしたのはきわめて賢い先見性であった。これが特亜と日本との決定的な歴史の違いとして今がある。
漢字はどう形を省略しても漢字であり、基本的に語彙の数だけ漢字が要る。結局中国は表音文字を開発するに至らなかったと言うこと。
日本は漢字を取り入れることで、膨大な同音異義語を使い分け、抽象概念も表現できると同時に、表音文字を組み合わせることで文章表現の自由さを得た。
表意文字、表音文字それぞれに長所短所があり、両者を組み合わせて使用する文字体系は事実上日本語しかない。それにより、語彙の豊富さを支えることが出来て、それはとりもなおさずきわめて複雑な意味を文章に込めることが出来ることになる。
確かに、日本は文字として漢字を最初に取り入れることで豊富な語彙を増やすことが出来た。日本語の半分は漢語由来と言われている。さらに、日本独自の語彙も漢字を使うことで増やすことが出来た。しかし、当然ながら漢字の学習はきわめて困難であり、一部の非生産者が時間をかけて行わなければならず、中国では文字は一般庶民に縁のない物であり、それが科挙などではとにかく文字を読みこなすことだけが能力判定の基準になるなど、きわめていびつな知識階級を産み出すに至った。
日本では、まず僧侶がカタカナを発明し経文の暗記をしやすくなり、また漢字を崩して平かなを創り出して最低限平かなだけでも文字が使えるようになった。それを土台として漢字を学習することが一般庶民の識字率を上げることに貢献した。
つまり表音文字を日本独自に創りだしたことで一般庶民も膨大な語彙を表現でき、そのために複雑な抽象概念も理解できるようになった。
単に覚えやすいから平かなカタカナが出来たのではなく、漢字と組み合わせることで複雑な表現が出来、一度文字で学習すれば、それらの語彙も理解できる、すなわちそれらの豊富な語彙を使用して嗜好が出来ることを意味する。表意文字と表音文字の組み合わせにはそれだけの価値がある。
世界でも日本人が日常的に使用する語彙数は極端に多いことで知られている。
ウィキの「語彙」によれば
各語の90%以上を理解しようとする場合、フランス語が約2000語、英語が3000語、ドイツ語が約5000語、日本語が10000語と言われている[要出典]。
つまり日本語の語彙が多いことは日本語による思考がきわめて複雑であることを示している。
文字の学習が難しい中国ではまともな本を読める人間が少ないと言うことであり、本から知識を得ることが難しいことを意味する。つまり、まともな知識を持っている中国人は少ない。
ところで、これと全く逆なのが韓国であり、かつて漢字を全く廃してしまったため、漢字でしか理解できない同音異義語の理解が出来なくなってしまった。そこで、理解できない言葉は覚えないことになる。つまり語彙から省かれてしまうので、韓国語の語彙はきわめて貧弱になりつつある。
語彙が貧弱であるとは、つまり複雑で抽象的な思考が出来ないことを意味し、これではせっかく文字を覚えても本から知識を得るなど出来ない。どうせ理解できない言葉は最初から本には載せられていないからだ。
さすがに韓国でも危機感を覚え、漢字教育を再開すべしとの論がわき上がっているが、たぶん間に合わない。漢字教育が行き渡る前に韓国は北朝鮮並みになる。知識もなく思考も出来ない韓国人に今の難局は乗り切れない。
文字を覚えることが出来ずに思考能力を失った中国人、豊富な思考力を支える文字体系を持たない韓国人、双方とも思考力自体に重大な欠陥を持ってしまった。
千年以上も前に完全な表音文字として平かな、カタカナを発明した日本人が豊富な語彙を使いこなし、複雑な思考を可能にしたのはきわめて賢い先見性であった。これが特亜と日本との決定的な歴史の違いとして今がある。
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