これもまた昨夜読んだ
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/09/12 11:42 投稿番号: [171777 / 196466]
のだが、「中国人と日本人」および続編
2冊
金谷譲・林思雲
共著
日中出版版
今手元にあるが、また馬鹿共がどこから内容を貼り付けたどうのこうのと根拠のないことを言い出すだろう。本当に馬鹿でしかないやつらで、自分たちの主張を証明するべきを、相手がそれを否定しなければならないと言う、基本的な馬鹿。本当にこんなのがまともな理論思考が出来るなどあり得ないとつくづく思ったのは、昨日大部分を読んだこの本からも確認した。
ここでも何度も言われているし、媚中プーアホなども日本人は中国人を理解すべきだというのと同じ基調。林氏は、中国人の欠陥を冷静に指摘しているし日中間の軋轢の原因は少なからず中国人に原因があることも認めている。
しかし、この林氏にしても相当の誤解、思いこみをしている。この本とは別だが、ちょっと思い出したのでググって見たら、そのサイトは残っていたのでコピペする。こら中国馬鹿共、これはコピペだ。あたしが本から写したに違いないなどと根拠もなく屁理屈を言うなよ。
さて・・
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm
「一部抜粋
こうした外圧にさらされる情況の下、中国と日本のいずれも近代化運動を展開しはじめた。富国強兵は、中国と日本が目指す近代化の共通の目標となった。1868年に日本が近代化政策を開始した時点では、欧米どころか、中国との間にすら何十年という格差が存在していた。しかし、現在の日本は、もはや世界で最も発達した国の一つであるのに対して、中国は依然として発展途上国の地位にとどまっている。百数十年程前には、中国より何十年も遅れていた日本という無名の島国は、一気に中国より何十年も先を行く先進諸国への仲間入りを果たした。なぜ中国が日本に後れてしまったのか、以上の事実に対して、われわれは中国が持つ問題点を考えなければならないのである。」
これは2003年に書かれているので、上記の本の刊行時2005年と大差はないから、これは本が出たときの林氏の認識だとして良いだろう。
彼の認識間違いとは日中両国が世界に対し門戸を開き近代化に努めた時期、日本は中国に何十年も遅れていたと考えていること。なんども書いているが日本は機械工業技術などでは確かに西欧に遅れていたものの、社会制度、教育、芸術の普及などの面では明らかに世界最先端を行っていた。
ただ、西欧キリスト文明のように自然を克服すべき対象と考えず、少ない資源と狭い国土で暮らしてゆけるだけの科学技術で、つましく生活することを選んだのであり、したがって、財力を権威と見なかった。皇室の窮乏は語りぐさだったし幕府の援助がなければ成り立たなかったが、明らかに日本の最高権威だった。武士も一部を除いては裕福な農民、町民などよりも貧しかったが権威は保っていた。
武士は暴力ではなくその責任感と権威で支配階級になっていた。
権威に富が介在しない文化は現代の先進国において当たり前だが、それでも未開発国ではそれが当たり前であり、日本が如何に当時から先進的であったかを示す一例だ。アメリカなどでは未だに富=権威と見ている。それがアメリカンドリームのモチベーションと言っていい。
武士は権威を保ちながら知識を独占することはなく、一般市民も十分に教養を身につけ、一般市民の子弟が当たり前のように漢文を読みこなし(当時中国人でさえ文字を読みこなせたなどほんの一握り)出版文化が成立し、美術が一般市民の間で売り買いされ市場が出来ていた。
世界に先駆け信用売買が成立し、為替制度が完成し、米の先物買い市場が立った。つまりビジネスモデルでも世界のトップレベルだった。
だからこそ、日本は開国後速やかに近代化が出来、近代では初めての対外戦争、日清日露戦争に勝ち、欧米と戦いアジア独立のきっかけを作った。
林氏の思いこみは百数十年前に日本は中国より何十年も遅れていたとしている。林氏は日本について非常に造詣の深い人物であり、かなり正確に中国人の欠点を知っている人だが、その人にして、中国は日本より進んでいたとなんの疑問もなく思いこんでいる。本人は否定するだろうが、彼もまた中華思想から抜け出せないでいるとつくづく思った。
その視点で、冒頭の本を読んでみるとよく分かる。彼は、中国人というのはそういう人種なのだから、日本人がそれを理解する努力をしろと言っている。
ー 続く ー
今手元にあるが、また馬鹿共がどこから内容を貼り付けたどうのこうのと根拠のないことを言い出すだろう。本当に馬鹿でしかないやつらで、自分たちの主張を証明するべきを、相手がそれを否定しなければならないと言う、基本的な馬鹿。本当にこんなのがまともな理論思考が出来るなどあり得ないとつくづく思ったのは、昨日大部分を読んだこの本からも確認した。
ここでも何度も言われているし、媚中プーアホなども日本人は中国人を理解すべきだというのと同じ基調。林氏は、中国人の欠陥を冷静に指摘しているし日中間の軋轢の原因は少なからず中国人に原因があることも認めている。
しかし、この林氏にしても相当の誤解、思いこみをしている。この本とは別だが、ちょっと思い出したのでググって見たら、そのサイトは残っていたのでコピペする。こら中国馬鹿共、これはコピペだ。あたしが本から写したに違いないなどと根拠もなく屁理屈を言うなよ。
さて・・
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm
「一部抜粋
こうした外圧にさらされる情況の下、中国と日本のいずれも近代化運動を展開しはじめた。富国強兵は、中国と日本が目指す近代化の共通の目標となった。1868年に日本が近代化政策を開始した時点では、欧米どころか、中国との間にすら何十年という格差が存在していた。しかし、現在の日本は、もはや世界で最も発達した国の一つであるのに対して、中国は依然として発展途上国の地位にとどまっている。百数十年程前には、中国より何十年も遅れていた日本という無名の島国は、一気に中国より何十年も先を行く先進諸国への仲間入りを果たした。なぜ中国が日本に後れてしまったのか、以上の事実に対して、われわれは中国が持つ問題点を考えなければならないのである。」
これは2003年に書かれているので、上記の本の刊行時2005年と大差はないから、これは本が出たときの林氏の認識だとして良いだろう。
彼の認識間違いとは日中両国が世界に対し門戸を開き近代化に努めた時期、日本は中国に何十年も遅れていたと考えていること。なんども書いているが日本は機械工業技術などでは確かに西欧に遅れていたものの、社会制度、教育、芸術の普及などの面では明らかに世界最先端を行っていた。
ただ、西欧キリスト文明のように自然を克服すべき対象と考えず、少ない資源と狭い国土で暮らしてゆけるだけの科学技術で、つましく生活することを選んだのであり、したがって、財力を権威と見なかった。皇室の窮乏は語りぐさだったし幕府の援助がなければ成り立たなかったが、明らかに日本の最高権威だった。武士も一部を除いては裕福な農民、町民などよりも貧しかったが権威は保っていた。
武士は暴力ではなくその責任感と権威で支配階級になっていた。
権威に富が介在しない文化は現代の先進国において当たり前だが、それでも未開発国ではそれが当たり前であり、日本が如何に当時から先進的であったかを示す一例だ。アメリカなどでは未だに富=権威と見ている。それがアメリカンドリームのモチベーションと言っていい。
武士は権威を保ちながら知識を独占することはなく、一般市民も十分に教養を身につけ、一般市民の子弟が当たり前のように漢文を読みこなし(当時中国人でさえ文字を読みこなせたなどほんの一握り)出版文化が成立し、美術が一般市民の間で売り買いされ市場が出来ていた。
世界に先駆け信用売買が成立し、為替制度が完成し、米の先物買い市場が立った。つまりビジネスモデルでも世界のトップレベルだった。
だからこそ、日本は開国後速やかに近代化が出来、近代では初めての対外戦争、日清日露戦争に勝ち、欧米と戦いアジア独立のきっかけを作った。
林氏の思いこみは百数十年前に日本は中国より何十年も遅れていたとしている。林氏は日本について非常に造詣の深い人物であり、かなり正確に中国人の欠点を知っている人だが、その人にして、中国は日本より進んでいたとなんの疑問もなく思いこんでいる。本人は否定するだろうが、彼もまた中華思想から抜け出せないでいるとつくづく思った。
その視点で、冒頭の本を読んでみるとよく分かる。彼は、中国人というのはそういう人種なのだから、日本人がそれを理解する努力をしろと言っている。
ー 続く ー
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