Re: 靖国神社に参拝する政治家は立派よ
投稿者: rie2376 投稿日時: 2008/08/31 08:40 投稿番号: [170689 / 196466]
あの番組が死ぬほど嬉しかったらしい
日本を誹謗するものは大歓迎
如何にも在日らしい
日本が満州に進出した頃、すでに満州には
百万人以上のアヘン患者がいた
それを牛耳っていたのが、馬賊
●馬賊とアヘン
満州をはじめ、中国東北地方で活動する武装勢力で
ある馬賊も、またアヘンと非常に強いつながりが
あった
まず、馬賊というものを定義しよう
澁谷由里氏の定義を参考にすると、略奪、放火、
暴行、破壊、誘拐、脅迫を行なう「胡子」などと
呼ばれる、匪賊の中のカテゴリに属する一つの
特徴を持った勢力が、馬賊であるという
満州にはあちらこちらに略奪活動を行なう匪賊が
おり、必然的に土地の有力者たちは管轄内での
略奪活動などを防ぐために、独自の自衛の手段を
必要とした
馬賊の定義に「武装自衛集団である」ということが
あるのには実は大きな意味がある
有力者は、土地を守ってもらうことの見返りとして
馬賊に資金提供と身を隠すための活動基盤を
与えたのだ
また馬賊も、独自財源としてアヘンに一目おいて
いた。アヘンを確実にものにするために管轄する
土地の農民に対して安全を確保し、ケシの栽培を
許可した。
その代わり、未許可のケシ栽培は許さないなど
馬賊がその土地を実質的に支配する小軍閥のような
役割を担うようになった
満州の人々は馬賊の襲来を恐れると同時に、馬賊と
共存共栄する道を探り、馬賊はアヘンをもとに
独自の道を歩み始め、中国東北部に馬賊の時代が
到来する
張作霖はそのような中で出現し、台頭することに
なる。
●馬賊はアヘン王国の憲兵隊
話を少し戻そう。矢萩富橘氏は著書で
阿片=馬賊=森林=需要」の関係を絶たないと
阿片の王国は安全といわざるを得ないと
指摘している
満州を「阿片の王国」たらしめているのはそもそも
アヘンがあるためであり、それを保護する馬賊が
いて、ケシの栽培及び馬賊や匪賊を隠す森林が
豊富で、なんと言っても大市場が近くにあるためだ
言い換えれば、馬賊がいなくなれば治安は安定して
取締りがしやすくなり、森林がなくなれば密栽培を
行えるような場所がなくなり、需要がなくなれば
工芸作物であるアヘン栽培の意味がなくなる
ところが実情は、満州は阿片、馬賊、森林、需要と
4拍子そろっており、立派な「阿片王国」といわ
ざるを得ない状況だった
保険区で強固な武力と、活動基盤を持った馬賊が
アヘンの取引と、ケシの密栽培しているので
それを上回る軍事または、経済的なパワーで
なければ、その土地でのアヘン栽培を止めることは
無理だろう
馬賊の資金源は、前述のようにアヘンの取引で
手に入れるものと、有力者から武装自衛団として
雇われるものとで収入を得ていた
馬賊はもちろん各地に存在し、それぞれが勢力を
拡大するために、日夜軍事的な抗争や交渉を
重ねていた
そのためには、軍事費はどれだけあっても足り
なかったことだろう
需要は引き手数多である、作ればばたちまち売れる
アヘンを馬賊が積極的に保護し、奨励したことは
想像に易い
馬賊のスポンサーである、満州各地の有力者も
アヘンを財源にしていたことはまた想像に易い
彼らはその土地を、馬賊に守らせたのであるから
馬賊はアヘン王国の、憲兵隊と言っても言い過ぎ
ではないだろう
付け加えるなら、「満州国」が成立した後でも
満州国」官憲の影響力の及ばなかった場所では
政治は馬賊の自由裁量によって行われた。
彼らは唯一の営利事業として、夏季にケシの
栽培から利益を得ていたという
満州で馬賊が、その土地の実権を握っていて
それが公然の事実となっていたことを知る好例で
ある
即ち、馬賊はこのような経緯をたどって一大軍閥と
なる力を蓄えてきたのである
http://hp.vector.co.jp/authors/VA024680/history/d1-4.htm。
日本を誹謗するものは大歓迎
如何にも在日らしい
日本が満州に進出した頃、すでに満州には
百万人以上のアヘン患者がいた
それを牛耳っていたのが、馬賊
●馬賊とアヘン
満州をはじめ、中国東北地方で活動する武装勢力で
ある馬賊も、またアヘンと非常に強いつながりが
あった
まず、馬賊というものを定義しよう
澁谷由里氏の定義を参考にすると、略奪、放火、
暴行、破壊、誘拐、脅迫を行なう「胡子」などと
呼ばれる、匪賊の中のカテゴリに属する一つの
特徴を持った勢力が、馬賊であるという
満州にはあちらこちらに略奪活動を行なう匪賊が
おり、必然的に土地の有力者たちは管轄内での
略奪活動などを防ぐために、独自の自衛の手段を
必要とした
馬賊の定義に「武装自衛集団である」ということが
あるのには実は大きな意味がある
有力者は、土地を守ってもらうことの見返りとして
馬賊に資金提供と身を隠すための活動基盤を
与えたのだ
また馬賊も、独自財源としてアヘンに一目おいて
いた。アヘンを確実にものにするために管轄する
土地の農民に対して安全を確保し、ケシの栽培を
許可した。
その代わり、未許可のケシ栽培は許さないなど
馬賊がその土地を実質的に支配する小軍閥のような
役割を担うようになった
満州の人々は馬賊の襲来を恐れると同時に、馬賊と
共存共栄する道を探り、馬賊はアヘンをもとに
独自の道を歩み始め、中国東北部に馬賊の時代が
到来する
張作霖はそのような中で出現し、台頭することに
なる。
●馬賊はアヘン王国の憲兵隊
話を少し戻そう。矢萩富橘氏は著書で
阿片=馬賊=森林=需要」の関係を絶たないと
阿片の王国は安全といわざるを得ないと
指摘している
満州を「阿片の王国」たらしめているのはそもそも
アヘンがあるためであり、それを保護する馬賊が
いて、ケシの栽培及び馬賊や匪賊を隠す森林が
豊富で、なんと言っても大市場が近くにあるためだ
言い換えれば、馬賊がいなくなれば治安は安定して
取締りがしやすくなり、森林がなくなれば密栽培を
行えるような場所がなくなり、需要がなくなれば
工芸作物であるアヘン栽培の意味がなくなる
ところが実情は、満州は阿片、馬賊、森林、需要と
4拍子そろっており、立派な「阿片王国」といわ
ざるを得ない状況だった
保険区で強固な武力と、活動基盤を持った馬賊が
アヘンの取引と、ケシの密栽培しているので
それを上回る軍事または、経済的なパワーで
なければ、その土地でのアヘン栽培を止めることは
無理だろう
馬賊の資金源は、前述のようにアヘンの取引で
手に入れるものと、有力者から武装自衛団として
雇われるものとで収入を得ていた
馬賊はもちろん各地に存在し、それぞれが勢力を
拡大するために、日夜軍事的な抗争や交渉を
重ねていた
そのためには、軍事費はどれだけあっても足り
なかったことだろう
需要は引き手数多である、作ればばたちまち売れる
アヘンを馬賊が積極的に保護し、奨励したことは
想像に易い
馬賊のスポンサーである、満州各地の有力者も
アヘンを財源にしていたことはまた想像に易い
彼らはその土地を、馬賊に守らせたのであるから
馬賊はアヘン王国の、憲兵隊と言っても言い過ぎ
ではないだろう
付け加えるなら、「満州国」が成立した後でも
満州国」官憲の影響力の及ばなかった場所では
政治は馬賊の自由裁量によって行われた。
彼らは唯一の営利事業として、夏季にケシの
栽培から利益を得ていたという
満州で馬賊が、その土地の実権を握っていて
それが公然の事実となっていたことを知る好例で
ある
即ち、馬賊はこのような経緯をたどって一大軍閥と
なる力を蓄えてきたのである
http://hp.vector.co.jp/authors/VA024680/history/d1-4.htm。
これは メッセージ 170687 (todorigafuti さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/170689.html