日中関係

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Re: 靖国神社に参拝する政治家は立派よ

投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/08/31 07:24 投稿番号: [170682 / 196466]
>中国人はイギリスからアヘンを買って吸っていましたの。
でも中国人は今ではそんなことすっかり忘れていますの。
いつのまにか中国人はイギリス人のしていたことを日本人のしていたことと勘違いするようになりましたの。


おいおい   おばさん   何を勘違いしてんだろうかね。(笑)
イギリスのアヘン戦争時代の   アヘン患者は東条英機   板垣征四郎がアヘンを売りつけてたころには   すでに   皆無だぜ(笑)   墓穴、、おけつを堀たか?   掘られたか?(笑)   歴史的無知をさらけ出すなよ。

イギリスのアヘン戦争   1840年
アヘン貿易
当時のイギリスでは喫茶の風習が上流階級の間で広がり、茶、陶磁器、絹を大量に清から輸入していた。逆に、イギリスから清へ輸出されるものは、時計や望遠鏡のような富裕層向けの物品はあったものの、大量に輸出可能な製品が存在せず(清では、イギリスの主要輸出品だった綿織物への需要がほとんど無かった)、イギリスの大幅な輸入超過(1810年−1820年には2600万ドルの対清貿易赤字)であった。イギリスはアメリカ独立戦争の戦費調達や産業革命による資本蓄積のため、銀の国外流出を抑制する政策をとった。そのためイギリスは植民地のインドで栽培したアヘンを清に密輸出する事で超過分を相殺し、三角貿易を整えることとなった。

清では、既に1796年(嘉慶元年)にアヘンの輸入を禁止していた。禁止令は19世紀に入ってからも何度となく発せられたが、アヘンの密輸入は止まず、清国内にアヘン吸引の悪弊が広まっていき、健康を害する者が多くなり、風紀も退廃していった。また、アヘンの輸入代金を銀で決済したことから、アヘンの輸入量増加により、貿易収支が逆転し(1828年−1836年に3600万ドルの対英貿易赤字)、清国内の銀保有量が激減し、銀の高騰を招いた。当時の清は銀本位制であり、銀貨と銅銭が併用され、その交換比率は相場と連動し、銀貨1両に対して銅銭1000文程度であったものが、銀の高騰により銀貨1両に対して銅銭2000文という比率になった。この頃の清では、税金を銀貨で納付するよう規定していたことから、日常生活で銅銭を使用し、税金の納付において銅銭を銀貨に交換していた農民は納める税金が2倍になった計算である。さらに銀が不足し値が上がる事は物価が下がる事と同義であり、清の基本的な税制である地丁銀制が事実上崩壊し、経済にも深刻な影響を及ぼした。

このあと   関東軍   東条英機   板垣征四郎らによる   アヘン売買が始まったんじゃよ(笑)日中戦争   1937〜

http://fr.youtube.com/watch?v=wZGv7VbJ6MQ
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