↓ちっ(笑
投稿者: china_destroy_himself 投稿日時: 2008/08/30 11:00 投稿番号: [170615 / 196466]
先を越されたwww
http://www.tamanegiya.com/kurahasimasanaoboka.html
倉橋正直というバカ
一九四三年生まれ、東京大学文学部卒、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(東洋史学)終了
愛知県立大学教授
アホな連中はどこにでもいるものですが、倉橋正直という御仁も間違い無くそのひとりのようです。この御仁はからゆきさんの研究を十年以上続けてきたそうで、それが、従軍慰安婦問題に取り組む際の「武器」となっているそうです。(著書より)(大笑する個所?)
この御仁の著書「従軍慰安婦問題の歴史的研究」(一九九四年共栄書房)を読むと、その頭の程度がよくわかります。
売春型と性的奴隷と別けている著者の一番受けるところは下記のところではないでしょうか。
以下引用
<当時の日本側(軍と行政)は、自分たちが彼女たちに対して行った行為の非人道性・犯罪性をよく理解していた。性奴隷型の従軍慰安婦のことが外部に知られれば、申し開きは決して許されなかった。厳しく非難されることは目に見えていた。だからこそ、敗戦時、性奴隷型の従軍慰安婦に関しては徹底的な湮滅作業が行われた。
まず、性的奴隷型の慰安婦(そのほとんどは朝鮮人であった!)自身が、肉体的に抹殺された。この時、性的奴隷型の慰安婦であった朝鮮人女性が、無惨にも日本軍の手にかかって、組織的に殺された。それがどのぐらいの人数であったのか、現在の段階では、皆目、わからないが、私としては、その人数は決して少なくなかったと推察している。
略)
日本側は、慰安婦自身の肉体的な抹殺をはかるだけでなく、彼女たちのことを記した文章や史料もまた、何をおいても、焼却・破棄せねばならなかった。それが自分たちの命運にかかわるような重大性を帯びていることをよく知っていたからである。
こうして、彼らは懸命にそれを湮滅した。この湮滅作業がきわめて徹底的に行われた結果、関連史料はほとんど根こそぎ抹殺されてしまったのである。こういった事情から、この種の史料は、これまでも出てこなかったし、今後もまた、おそらく、ほとんど出てこないであろう。もちろん、例外的に湮滅を免れた史料が、偶然、発見される可能性は否定しないが。
史料がないことの逆説的意味
ある歴史的事象に関する史料がない。はたして、そのことから単純に、その歴史的事象の存在まで否定してよいのであろうか。たしかに一般的には史料がなければ、その歴史的事象も存在しなかったということになる。しかし、これはあくまで一般的な場合であって、特殊な場合には、この論理は必ずしもあてはまらない。
一見、変な話であるが、ある歴史的事象を物語る史料がないことが、逆にその存在を示すことになる場合もありうるのである。今回の「強制連行の有無」、すなわち、性的奴隷型の従軍慰安婦の存在の有無は」、まさにこの特殊な場合にあたると私は考える。前述したように、これは、当時の軍や行政の立場からすれば、必死になって、(慰安婦自身の肉体的な抹殺を含め)関係史料の湮滅をはからねばならない性質のものであった。そうである以上、それに関する史料が出てこないのは、考えてみれば、当然のことであった。むしろ、このことを物語る史料が簡単に入手できるほうが不自然である。>
p80〜81
ここまでアホは中々いません。普通は史料を元にしていろいろ考えるものですが、史料がないから事実・・・・・アホすぎます。
〜以下略
アヘンも似たり寄ったりでしょうな(笑い
http://www.tamanegiya.com/kurahasimasanaoboka.html
倉橋正直というバカ
一九四三年生まれ、東京大学文学部卒、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(東洋史学)終了
愛知県立大学教授
アホな連中はどこにでもいるものですが、倉橋正直という御仁も間違い無くそのひとりのようです。この御仁はからゆきさんの研究を十年以上続けてきたそうで、それが、従軍慰安婦問題に取り組む際の「武器」となっているそうです。(著書より)(大笑する個所?)
この御仁の著書「従軍慰安婦問題の歴史的研究」(一九九四年共栄書房)を読むと、その頭の程度がよくわかります。
売春型と性的奴隷と別けている著者の一番受けるところは下記のところではないでしょうか。
以下引用
<当時の日本側(軍と行政)は、自分たちが彼女たちに対して行った行為の非人道性・犯罪性をよく理解していた。性奴隷型の従軍慰安婦のことが外部に知られれば、申し開きは決して許されなかった。厳しく非難されることは目に見えていた。だからこそ、敗戦時、性奴隷型の従軍慰安婦に関しては徹底的な湮滅作業が行われた。
まず、性的奴隷型の慰安婦(そのほとんどは朝鮮人であった!)自身が、肉体的に抹殺された。この時、性的奴隷型の慰安婦であった朝鮮人女性が、無惨にも日本軍の手にかかって、組織的に殺された。それがどのぐらいの人数であったのか、現在の段階では、皆目、わからないが、私としては、その人数は決して少なくなかったと推察している。
略)
日本側は、慰安婦自身の肉体的な抹殺をはかるだけでなく、彼女たちのことを記した文章や史料もまた、何をおいても、焼却・破棄せねばならなかった。それが自分たちの命運にかかわるような重大性を帯びていることをよく知っていたからである。
こうして、彼らは懸命にそれを湮滅した。この湮滅作業がきわめて徹底的に行われた結果、関連史料はほとんど根こそぎ抹殺されてしまったのである。こういった事情から、この種の史料は、これまでも出てこなかったし、今後もまた、おそらく、ほとんど出てこないであろう。もちろん、例外的に湮滅を免れた史料が、偶然、発見される可能性は否定しないが。
史料がないことの逆説的意味
ある歴史的事象に関する史料がない。はたして、そのことから単純に、その歴史的事象の存在まで否定してよいのであろうか。たしかに一般的には史料がなければ、その歴史的事象も存在しなかったということになる。しかし、これはあくまで一般的な場合であって、特殊な場合には、この論理は必ずしもあてはまらない。
一見、変な話であるが、ある歴史的事象を物語る史料がないことが、逆にその存在を示すことになる場合もありうるのである。今回の「強制連行の有無」、すなわち、性的奴隷型の従軍慰安婦の存在の有無は」、まさにこの特殊な場合にあたると私は考える。前述したように、これは、当時の軍や行政の立場からすれば、必死になって、(慰安婦自身の肉体的な抹殺を含め)関係史料の湮滅をはからねばならない性質のものであった。そうである以上、それに関する史料が出てこないのは、考えてみれば、当然のことであった。むしろ、このことを物語る史料が簡単に入手できるほうが不自然である。>
p80〜81
ここまでアホは中々いません。普通は史料を元にしていろいろ考えるものですが、史料がないから事実・・・・・アホすぎます。
〜以下略
アヘンも似たり寄ったりでしょうな(笑い
これは メッセージ 170610 (soutennohoshi さん)への返信です.
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