Re: 開幕式
投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2008/08/12 09:59 投稿番号: [169022 / 196466]
>当時世界中にも航海技術がなくて、日本サルが尿つぼ形した土器をどこにも持っていけないと言ったまでだ。
忙しいというのに・・・もう本当にウザイ野郎だ。航海技術って何だドアホウ!帆船や羅針盤がないと大海原を航海できないとでも思っているのか。古代の人々が南太平洋や地中海やインド洋を自由に航海していたことも知らないのか、おまえ中国でちゃんとした教育を受けてたのか?
俺が読んできた書籍は逐一覚えていないから、とりあえず以下の史料を参考にしろ・・・と言っても読まないだろうが(笑い)
『産経新聞掲載記事より・・・【日本人解剖】ルーツ 日本からポリネシアへ3000年前の大航海に思いはせ
「日本人とは何か」と突き詰めて考えていくと、「日本人はどこから来たのか」というルーツの問題に突き当たる。現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島で生活を始めたのは数万年前のことだが、そのころの祖先の特質がわれわれの体に受け継がれており、そのルーツがわかれば現代日本人への理解はさらに深まる。第3章ルーツ編では文字資料がない先史時代の歴史解読に挑む。最初のテーマはポリネシア。日本人の末裔(まつえい)かもしれない人々が住む南太平洋の島々に、人類が分布した歴史の一端を探る。(
■ラピタ人 ラピタ人は、優れた航海技術と独自の文様土器文化を持った古代民族。約3300年前にニューギニア北東部の島から東へ航海を始め、ポリネシアの島々に次々と植民した。
基本的には漁猟採集民族だが、東南アジア原産のタロイモなど根菜類を栽培し、イヌ、ブタ、ニワトリを家畜として飼い、食料にもした。また植民した島々を往来し、盛んに交易も行っていたとみられる。
ラピタ土器は線や円などの幾何学模様や人の顔などが装飾され、窯を使わず、600〜800度の低温で野焼きで焼かれた。時代が下るにつれて土器の文様が次第に単純化。ラピタ文化の衰退とともにラピタ人も消滅した。子孫を含めると、航海範囲は東はイースター島、北はハワイに至る広大なエリアに及び、「石器時代のバイキング」とも呼ばれる。』
【縄文時代の大航海】
『縄文人の海上航海の道具である丸木舟は、現在、150例以上発見されています。横須賀市の久里浜伝福寺裏で見つかった丸木舟は一緒に紀伊半島方面の土器も見つかっています。
縄文の遺跡を調べると原産地からは驚くほど遠くの集落にまで土器や黒曜石、ヒスイが行き渡っています。これらから縄文人が海を使って広範囲に交流していたことが分かり、海人として高度な航海技術を身に付け海洋(黒潮)文化を担っていたことがわかります。
縄文人の大航海については現在幾つかの説が発表されています。
南太平洋・ポリネシアを横断して南米への渡った説。ベーリング海峡・北太平洋を横断して南北アメリカへ渡った説。ユーラシア大陸(シベリア)を横断してイベリア半島、スカンジナビア半島へ渡った説、ユーラシア大陸の大草原を超えてハンガリーへ渡った説、インド洋を横断してアフリカへ渡った説等、縄文の土器やヒスイが見つかっているようです。
中でも良く知られているのは縄文時代前期(5000年前頃)に、九州有明海あたりの縄文人が、太平洋を1万5000キロメートルも航海して、南米エクアドルに上陸したという説です。ここでは縄文土器が多数発見されています。もう1つは、やはり同じ時代(5000年前頃)に東北地方の縄文人が、オーストラリアの東の海上、6000キロメートルも離れている、バヌアツ共和国の南太平洋上に浮かぶ島へ、赤道を越えて渡ったという説。島で発見された土器が縄文土器に文様が酷似していたため、成分の分析結果をしたら青森県で出土する縄文土器と一致』
まだまだあるが、ネットで調べるのか面倒だから自分で調べろ!空いた時間にまた書いてやるよ(本当に、アホの中国人はわずらわしい)
忙しいというのに・・・もう本当にウザイ野郎だ。航海技術って何だドアホウ!帆船や羅針盤がないと大海原を航海できないとでも思っているのか。古代の人々が南太平洋や地中海やインド洋を自由に航海していたことも知らないのか、おまえ中国でちゃんとした教育を受けてたのか?
俺が読んできた書籍は逐一覚えていないから、とりあえず以下の史料を参考にしろ・・・と言っても読まないだろうが(笑い)
『産経新聞掲載記事より・・・【日本人解剖】ルーツ 日本からポリネシアへ3000年前の大航海に思いはせ
「日本人とは何か」と突き詰めて考えていくと、「日本人はどこから来たのか」というルーツの問題に突き当たる。現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島で生活を始めたのは数万年前のことだが、そのころの祖先の特質がわれわれの体に受け継がれており、そのルーツがわかれば現代日本人への理解はさらに深まる。第3章ルーツ編では文字資料がない先史時代の歴史解読に挑む。最初のテーマはポリネシア。日本人の末裔(まつえい)かもしれない人々が住む南太平洋の島々に、人類が分布した歴史の一端を探る。(
■ラピタ人 ラピタ人は、優れた航海技術と独自の文様土器文化を持った古代民族。約3300年前にニューギニア北東部の島から東へ航海を始め、ポリネシアの島々に次々と植民した。
基本的には漁猟採集民族だが、東南アジア原産のタロイモなど根菜類を栽培し、イヌ、ブタ、ニワトリを家畜として飼い、食料にもした。また植民した島々を往来し、盛んに交易も行っていたとみられる。
ラピタ土器は線や円などの幾何学模様や人の顔などが装飾され、窯を使わず、600〜800度の低温で野焼きで焼かれた。時代が下るにつれて土器の文様が次第に単純化。ラピタ文化の衰退とともにラピタ人も消滅した。子孫を含めると、航海範囲は東はイースター島、北はハワイに至る広大なエリアに及び、「石器時代のバイキング」とも呼ばれる。』
【縄文時代の大航海】
『縄文人の海上航海の道具である丸木舟は、現在、150例以上発見されています。横須賀市の久里浜伝福寺裏で見つかった丸木舟は一緒に紀伊半島方面の土器も見つかっています。
縄文の遺跡を調べると原産地からは驚くほど遠くの集落にまで土器や黒曜石、ヒスイが行き渡っています。これらから縄文人が海を使って広範囲に交流していたことが分かり、海人として高度な航海技術を身に付け海洋(黒潮)文化を担っていたことがわかります。
縄文人の大航海については現在幾つかの説が発表されています。
南太平洋・ポリネシアを横断して南米への渡った説。ベーリング海峡・北太平洋を横断して南北アメリカへ渡った説。ユーラシア大陸(シベリア)を横断してイベリア半島、スカンジナビア半島へ渡った説、ユーラシア大陸の大草原を超えてハンガリーへ渡った説、インド洋を横断してアフリカへ渡った説等、縄文の土器やヒスイが見つかっているようです。
中でも良く知られているのは縄文時代前期(5000年前頃)に、九州有明海あたりの縄文人が、太平洋を1万5000キロメートルも航海して、南米エクアドルに上陸したという説です。ここでは縄文土器が多数発見されています。もう1つは、やはり同じ時代(5000年前頃)に東北地方の縄文人が、オーストラリアの東の海上、6000キロメートルも離れている、バヌアツ共和国の南太平洋上に浮かぶ島へ、赤道を越えて渡ったという説。島で発見された土器が縄文土器に文様が酷似していたため、成分の分析結果をしたら青森県で出土する縄文土器と一致』
まだまだあるが、ネットで調べるのか面倒だから自分で調べろ!空いた時間にまた書いてやるよ(本当に、アホの中国人はわずらわしい)
これは メッセージ 168982 (jpjptmd2004 さん)への返信です.
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