なぜ中国とは共存できないのか
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/08/06 22:44 投稿番号: [168474 / 196466]
という命題はここなどでも今まで何度も言われていることだ。
1)中国人の価値観が絶望的に人類の基準とする人命、人権に対する畏敬の念を欠いた物だからだ。かつて、世界中、命や権利などは自ら守れない者には意味がないとされ、権力者達は力で争い他国からもぎ取り、その際庶民の命や財産などに一片の思いを寄せることはなかった。考えていたのは自分たちの命であり、権利でしかなかった。
現在、様々悲惨な経験を積み人権、人命こそもっとも尊重しなければならなくそれは万人に等しいものだとの意識が芽生えた結果、先進国は飛躍的に進歩できた。進歩したから人権人命を尊重するようになったのではなく、一人一人の権利を尊重するようになったために膨大な知識を集結し、利用できるようになったから、先進国として進歩できたと言うことだ。人的資源しか持たない日本が、西欧が真っ先に先進国になれたのは決して偶然ではない。
しかし、世界の大部分の地域では、先進国のシステムをまねして何とか進歩は出来た物の、それすら出来ない地域が存在する。中国はその筆頭で、人命人権に対する尊重意識をもてない古代国家そのままに、物理的な力を手にした。これがいかに危険なことか、認識すべきであり、中国が変わる兆しは全くない。
2)個人でも国家でも、進歩するためには必ず己の行為を客観的に見つめ、間違いがあればそれを改める必要がある。何が真実かを追い求める必要がある。また、人間は集団生活をして生きている生物であり、さらにその集団内の知恵を集め、取捨選択してもっとも良い知識を再配分することでその集団が進歩をする。
しかし、中国人は真実よりも面子を重んじ、時には面子は命より上位に来る。ちなみに面子とはプライドや誇りと訳される場合があるが、全く違う感覚であり、とにかく自分を相手より優位に見せることで厳しい社会を生き抜いてきた者達の感覚だ。
だから、反省はしない、過ちは認めない、譲らないということになる。
日本人の自称中国通が、中国人は面子を立ててやれば、こちらが驚くほど親身になってくれるから、たとえ間違っているとわかっていてもそれを正面から指摘してはならない、という者が居る。これを媚びるという。むろん、単なる観光旅行にでも行くなら、短期間、たとえ中国人をなんと思おうと、別に喧嘩をする必要もないだろう。だが、腹を割ってつきあうなどは全く出来ない。
また、面子にこだわり真実を無視するのでは科学技術も社会も進歩するはずが無く、従って、中国が未だに未開国家であるという指摘が正しいことはわかる。
アルカイダと共存できないのは、彼らがすべての近代的価値観を捨て、17世紀の価値観に戻るべきだと主張するからだ。絶対に近代的価値観と相容れず、自分たちの価値観が命よりも大切だと考えているからだ。まるで中国人と同じ、と考えておかなくてはならない。
3)最初は理論らしいことを言っていても、矛盾をつかれ理論的に太刀打ちできないとなると、罵倒を浴びせ人格攻撃に移る。そうしてまで自分の面子を守ろうとする。これはここなどにこびり付く犬のウンコに見られる経緯だが、中国という国、半島のあり方そのものであることを理解しなければならない。
様々な軋轢が日中間であったが、何一つ中国側が日本に譲った物などない。妥協した物などない。
一見歩み寄ったかに見える物も、あくまで中国側の都合による物でしかない。毒餃子事件はかつて日中間の捜査結果がまとまってから発表しようと合意して日本側捜査員が帰国したとたんに、中国側から日本国内で毒が入れられたと結論づける発表が一方的にあった。
今回、いったん回収した毒餃子が出回り(これ自体信じられないことだが)中国人が中毒症状を表したが今はオリンピックで何も出来ない状態なので公表しないでくれと中国から言われ、日本が公表を押さえたとのこと。そのうちにうやむやになり、日本人が中国に責任を負わせるために中国に来て毒を入れた等と言いかねないのが中国だ。
4)中国が唯一信ずるのは暴力であり、国家が暴力で人民を従えている国だ。だから、自分たちを暴力で押さえつけられるアメリカに対してはおとなしい。中国との対話は、あくまで軍事力を背景にしなければ出来ない。日本に譲ることが自分たちの安全にとって有利と、中国が考えない限り、中国が妥協することはない。
1)中国人の価値観が絶望的に人類の基準とする人命、人権に対する畏敬の念を欠いた物だからだ。かつて、世界中、命や権利などは自ら守れない者には意味がないとされ、権力者達は力で争い他国からもぎ取り、その際庶民の命や財産などに一片の思いを寄せることはなかった。考えていたのは自分たちの命であり、権利でしかなかった。
現在、様々悲惨な経験を積み人権、人命こそもっとも尊重しなければならなくそれは万人に等しいものだとの意識が芽生えた結果、先進国は飛躍的に進歩できた。進歩したから人権人命を尊重するようになったのではなく、一人一人の権利を尊重するようになったために膨大な知識を集結し、利用できるようになったから、先進国として進歩できたと言うことだ。人的資源しか持たない日本が、西欧が真っ先に先進国になれたのは決して偶然ではない。
しかし、世界の大部分の地域では、先進国のシステムをまねして何とか進歩は出来た物の、それすら出来ない地域が存在する。中国はその筆頭で、人命人権に対する尊重意識をもてない古代国家そのままに、物理的な力を手にした。これがいかに危険なことか、認識すべきであり、中国が変わる兆しは全くない。
2)個人でも国家でも、進歩するためには必ず己の行為を客観的に見つめ、間違いがあればそれを改める必要がある。何が真実かを追い求める必要がある。また、人間は集団生活をして生きている生物であり、さらにその集団内の知恵を集め、取捨選択してもっとも良い知識を再配分することでその集団が進歩をする。
しかし、中国人は真実よりも面子を重んじ、時には面子は命より上位に来る。ちなみに面子とはプライドや誇りと訳される場合があるが、全く違う感覚であり、とにかく自分を相手より優位に見せることで厳しい社会を生き抜いてきた者達の感覚だ。
だから、反省はしない、過ちは認めない、譲らないということになる。
日本人の自称中国通が、中国人は面子を立ててやれば、こちらが驚くほど親身になってくれるから、たとえ間違っているとわかっていてもそれを正面から指摘してはならない、という者が居る。これを媚びるという。むろん、単なる観光旅行にでも行くなら、短期間、たとえ中国人をなんと思おうと、別に喧嘩をする必要もないだろう。だが、腹を割ってつきあうなどは全く出来ない。
また、面子にこだわり真実を無視するのでは科学技術も社会も進歩するはずが無く、従って、中国が未だに未開国家であるという指摘が正しいことはわかる。
アルカイダと共存できないのは、彼らがすべての近代的価値観を捨て、17世紀の価値観に戻るべきだと主張するからだ。絶対に近代的価値観と相容れず、自分たちの価値観が命よりも大切だと考えているからだ。まるで中国人と同じ、と考えておかなくてはならない。
3)最初は理論らしいことを言っていても、矛盾をつかれ理論的に太刀打ちできないとなると、罵倒を浴びせ人格攻撃に移る。そうしてまで自分の面子を守ろうとする。これはここなどにこびり付く犬のウンコに見られる経緯だが、中国という国、半島のあり方そのものであることを理解しなければならない。
様々な軋轢が日中間であったが、何一つ中国側が日本に譲った物などない。妥協した物などない。
一見歩み寄ったかに見える物も、あくまで中国側の都合による物でしかない。毒餃子事件はかつて日中間の捜査結果がまとまってから発表しようと合意して日本側捜査員が帰国したとたんに、中国側から日本国内で毒が入れられたと結論づける発表が一方的にあった。
今回、いったん回収した毒餃子が出回り(これ自体信じられないことだが)中国人が中毒症状を表したが今はオリンピックで何も出来ない状態なので公表しないでくれと中国から言われ、日本が公表を押さえたとのこと。そのうちにうやむやになり、日本人が中国に責任を負わせるために中国に来て毒を入れた等と言いかねないのが中国だ。
4)中国が唯一信ずるのは暴力であり、国家が暴力で人民を従えている国だ。だから、自分たちを暴力で押さえつけられるアメリカに対してはおとなしい。中国との対話は、あくまで軍事力を背景にしなければ出来ない。日本に譲ることが自分たちの安全にとって有利と、中国が考えない限り、中国が妥協することはない。
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