Re: 愚かなる国際化(1)
投稿者: run_run72 投稿日時: 2008/08/02 00:39 投稿番号: [168142 / 196466]
>物質的な敗戦よりも、精神的な敗戦の方がダメージ大きかったと思います。
>あれだけ高邁な理念を掲げて頑張ったのに、自ら否定してしまった。。
>いったいどうしてここまで自虐的になってしまったのか、その道程と責任の解明をしなければ戦後は終わらない。
私も、これはかねてフシギに思っていました。
手元に古い文庫本があります。
角川文庫なんですが、巻末に、
角川文庫発刊に際して と題して 角川源義 氏の
名の入った文章があります。
長くなりますが、半分程度を引用します。
・・・・・・・・・・・
第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、
私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に對して如何に
無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以って
体験し痛感した。西洋近代文化の摂取にとって、明治以後八十年の
歳月は決して短すぎたとは言へない。にもかかわらず、近代文化の
伝統を確率し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として
自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、
各層への文化の普及浸透を任務とする出版人の責任でもあった。
一九四五年以来、私たちは再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを
余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの
混沌・未熟・歪曲の中にあったわが国の文化に秩序と確たる基礎を
もたらすためには絶好の機会でもある。角川書店は、このような祖国の
文化的危機にあたり微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意を
以て出発したが、ここに創立以来の念願を果たすべく角川文庫を
発刊する。・・・以下略
一九四九年五月三日
(旧字は新字に適宜変えてあります)
活字なら何でも片っ端から読んでいた思春期の頃、
たまたま、この文章に行き当たり
戦争に負けることが、
なぜ文化力の敗退になるのかサッパリわからず、
強い違和感を抱きました・・・
なぜ、あだ花と断じることができるのか?
すぐれた文化がバルバロイに敗北したり滅ぼされた例など
掃いて捨てるほどあるでしょうに。
たとえば、ドーデの最後の授業なんぞとは全く
趣の違う思考回路?
他国に負けるということに全く免疫が無かった上に、
台風一過というような国民性なのか?
米国の占領政策が功を奏したのか?
(そんな単純なことではないでしょうが)
なぜ、日本のあるべきすがたに戻るのではなく、
日本を否定したのか?
教育の場でもそうでしょう。
たとえば私は旧制中学からの歴史がある高校出身ですが、
戦前と戦後は校歌が変わっているのです。
両者を比べてみて引っくり返りそうになりましたw
この転び方は何。
これは一体なんなんだろう?ってw。
>いったいどうしてここまで自虐的になってしまったのか、その道程と責任の解明をしなければ戦後は終わらない。
ほんとうにそのとおりです・・。
>あれだけ高邁な理念を掲げて頑張ったのに、自ら否定してしまった。。
>いったいどうしてここまで自虐的になってしまったのか、その道程と責任の解明をしなければ戦後は終わらない。
私も、これはかねてフシギに思っていました。
手元に古い文庫本があります。
角川文庫なんですが、巻末に、
角川文庫発刊に際して と題して 角川源義 氏の
名の入った文章があります。
長くなりますが、半分程度を引用します。
・・・・・・・・・・・
第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、
私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に對して如何に
無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以って
体験し痛感した。西洋近代文化の摂取にとって、明治以後八十年の
歳月は決して短すぎたとは言へない。にもかかわらず、近代文化の
伝統を確率し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として
自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、
各層への文化の普及浸透を任務とする出版人の責任でもあった。
一九四五年以来、私たちは再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを
余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの
混沌・未熟・歪曲の中にあったわが国の文化に秩序と確たる基礎を
もたらすためには絶好の機会でもある。角川書店は、このような祖国の
文化的危機にあたり微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意を
以て出発したが、ここに創立以来の念願を果たすべく角川文庫を
発刊する。・・・以下略
一九四九年五月三日
(旧字は新字に適宜変えてあります)
活字なら何でも片っ端から読んでいた思春期の頃、
たまたま、この文章に行き当たり
戦争に負けることが、
なぜ文化力の敗退になるのかサッパリわからず、
強い違和感を抱きました・・・
なぜ、あだ花と断じることができるのか?
すぐれた文化がバルバロイに敗北したり滅ぼされた例など
掃いて捨てるほどあるでしょうに。
たとえば、ドーデの最後の授業なんぞとは全く
趣の違う思考回路?
他国に負けるということに全く免疫が無かった上に、
台風一過というような国民性なのか?
米国の占領政策が功を奏したのか?
(そんな単純なことではないでしょうが)
なぜ、日本のあるべきすがたに戻るのではなく、
日本を否定したのか?
教育の場でもそうでしょう。
たとえば私は旧制中学からの歴史がある高校出身ですが、
戦前と戦後は校歌が変わっているのです。
両者を比べてみて引っくり返りそうになりましたw
この転び方は何。
これは一体なんなんだろう?ってw。
>いったいどうしてここまで自虐的になってしまったのか、その道程と責任の解明をしなければ戦後は終わらない。
ほんとうにそのとおりです・・。
これは メッセージ 168086 (soutennohoshi さん)への返信です.
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