Re: 虚構の蒋介石神話
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2008/07/20 08:54 投稿番号: [167545 / 196466]
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私の以徳報怨の理解が大変浅かったことを恥じます。たしかに同胞や台湾人への暴虐を欲しいままにした蒋介石が君子であろうはずもなく、現代までそのDNAは流れていますね。中共、ソ連との闘争のなかでの政策だったのでしょう。また中共軍は長征の際人民からは針一本奪うなと言う教えが有ったと聞かされますが、これも出鱈目くさいですね。
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はじめまして
蒋介石の嘘,あるいは共産軍(コミンテルン)の嘘は,だんだんと白日の下に曝されて中国トピで活躍の皆さんには周知の事実となってきていますが,戦前より続く中国人のプロパガンダには今でも気を抜くことは禁物です
コミンテルンのスパイと疑われ,共産軍と行動をともにしていた米の女性ジャーナリストのアグネス・スメドレが書いた「偉大なる道」を読むと,当時の共産軍(ゲリラあるいは実質現代のテロ組織)の戦い方が分かります
この「偉大なる道」やあるいは蒋介石の顧問だったラティモアの「中国と私」など欺瞞に満ちた書籍を読むと非常に苦々しい思いになりますが,それは彼らの実態を知るために必要なことと我慢しております
それでも,数ページも読むとあまりの腹立たしさに意欲も薄れがち・・・
「偉大なる道」から当時の中国の内乱状況を見てみますと,中央政府と名乗る軍隊が蒋介石のほかにもいくつもありました
しかし,ほとんどの軍隊は一箇所に駐屯することはなく移動を繰り返していました
理由は,一箇所に留まっていては食料が調達できないからです
あちらこちらと戦争にかこつけて(あるいは山賊や共産兵から守るとういう名目で)年貢用に貯蔵してある食料を略奪して徘徊していたというのが実体です
これは共産側も同じで実際はごろつきの集まりのようなものです
結局,双方とも非生産的な闘争や略奪を繰り返すばかりで,結果的に中国の人民に貧困しかもたらしていません
また,政府側は行軍の途中でクーリーに荷物の運搬をさせるため手当たり次第に農民を徴用していきます
もちろん手当てはなし,食料も兵隊以上に分け前があるはずもなく不足分はクーリー自身で用意しなければなりません(=盗んでくる)
挙句の果て,兵隊と共に何十㎞も何百㎞も連れまわされて,どこか分からない所,とても元の村までは帰れない状況で放り出さます
農村は働き手を奪われて疲弊していきます
日本のように狭い土地ではないので,かわりの村はどこにでもあるという感覚でしょうか
一方,共産軍のやり方はそのような軍隊のいない村を狙って山中のアジトから片道三日程度の距離の村に降りていきます
山から下りるときは三日分の食料を持って出かけます
食料がなくなる頃,村の食料貯蔵庫や富農や名家を襲って食料を奪います
また,村の貧しい人々を集めてきて奪った食料の一部を分け与えてます
目的は共犯者に仕立て上げることと,仲間を増やすこと
農民は,貯蔵してあった村の年貢をその場で分け与えられて,空腹を満たすことが出来ても,再び政府軍が戻ってくれば処罰が待っています
年貢もまたそろえなければなりません
それに有難がって食べた食料も,もともとは自分たちが作ったものなのです
仕方なく,何人かは共産軍と一緒にクーリーや新たな兵士として村を離れざるを得なくなります
このようにして勢力の維持と拡大をしていた共産軍が,人民のものを何一つ奪わなかったと言うのはただの宣伝文句でしょう
私の以徳報怨の理解が大変浅かったことを恥じます。たしかに同胞や台湾人への暴虐を欲しいままにした蒋介石が君子であろうはずもなく、現代までそのDNAは流れていますね。中共、ソ連との闘争のなかでの政策だったのでしょう。また中共軍は長征の際人民からは針一本奪うなと言う教えが有ったと聞かされますが、これも出鱈目くさいですね。
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はじめまして
蒋介石の嘘,あるいは共産軍(コミンテルン)の嘘は,だんだんと白日の下に曝されて中国トピで活躍の皆さんには周知の事実となってきていますが,戦前より続く中国人のプロパガンダには今でも気を抜くことは禁物です
コミンテルンのスパイと疑われ,共産軍と行動をともにしていた米の女性ジャーナリストのアグネス・スメドレが書いた「偉大なる道」を読むと,当時の共産軍(ゲリラあるいは実質現代のテロ組織)の戦い方が分かります
この「偉大なる道」やあるいは蒋介石の顧問だったラティモアの「中国と私」など欺瞞に満ちた書籍を読むと非常に苦々しい思いになりますが,それは彼らの実態を知るために必要なことと我慢しております
それでも,数ページも読むとあまりの腹立たしさに意欲も薄れがち・・・
「偉大なる道」から当時の中国の内乱状況を見てみますと,中央政府と名乗る軍隊が蒋介石のほかにもいくつもありました
しかし,ほとんどの軍隊は一箇所に駐屯することはなく移動を繰り返していました
理由は,一箇所に留まっていては食料が調達できないからです
あちらこちらと戦争にかこつけて(あるいは山賊や共産兵から守るとういう名目で)年貢用に貯蔵してある食料を略奪して徘徊していたというのが実体です
これは共産側も同じで実際はごろつきの集まりのようなものです
結局,双方とも非生産的な闘争や略奪を繰り返すばかりで,結果的に中国の人民に貧困しかもたらしていません
また,政府側は行軍の途中でクーリーに荷物の運搬をさせるため手当たり次第に農民を徴用していきます
もちろん手当てはなし,食料も兵隊以上に分け前があるはずもなく不足分はクーリー自身で用意しなければなりません(=盗んでくる)
挙句の果て,兵隊と共に何十㎞も何百㎞も連れまわされて,どこか分からない所,とても元の村までは帰れない状況で放り出さます
農村は働き手を奪われて疲弊していきます
日本のように狭い土地ではないので,かわりの村はどこにでもあるという感覚でしょうか
一方,共産軍のやり方はそのような軍隊のいない村を狙って山中のアジトから片道三日程度の距離の村に降りていきます
山から下りるときは三日分の食料を持って出かけます
食料がなくなる頃,村の食料貯蔵庫や富農や名家を襲って食料を奪います
また,村の貧しい人々を集めてきて奪った食料の一部を分け与えてます
目的は共犯者に仕立て上げることと,仲間を増やすこと
農民は,貯蔵してあった村の年貢をその場で分け与えられて,空腹を満たすことが出来ても,再び政府軍が戻ってくれば処罰が待っています
年貢もまたそろえなければなりません
それに有難がって食べた食料も,もともとは自分たちが作ったものなのです
仕方なく,何人かは共産軍と一緒にクーリーや新たな兵士として村を離れざるを得なくなります
このようにして勢力の維持と拡大をしていた共産軍が,人民のものを何一つ奪わなかったと言うのはただの宣伝文句でしょう
これは メッセージ 167506 (saika49ss さん)への返信です.
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