■■■ 中国人が残虐な理由 2 ■■■
投稿者: konpeitou_1966 投稿日時: 2008/05/12 00:44 投稿番号: [162565 / 196466]
「食人宴席」鄭義
黄文雄;訳
文化大革命の時、中国各地で階級闘争を大義名分に「走資家」や「四類分子」と呼ばれた無辜の民や党の実務者達が、恨みや妬みをもって糾弾会で吊るし上げられ、生きたまま腹を割かれ、扇動者が心臓や肝臓を鷲掴みにした。
次に説明しなくてはいけないのは広西大虐殺であろう…
その中でも有名なのが、武宣中学喰人宴会ではなかろうか?
生きたまま、はらわたを抜かれた学生…そして、中学校校庭で行われた人肉宴会。
1968年6月18日には3件の喰人宴会が開かれた。撲殺され肝は薬用として食われたのだ…
殺されたのは、図工の先生で、殺され、学生達が見守る中、数人の先生に川岸へと運ばせた。ある生徒が包丁を先生に渡し、肝を取り出すように命令した。もし、やらなければ自分も食われると思った先生達は肝を取り出したのであった…
もちろん、肝以外にも肉を取られ、学校食堂で7,80人、革命委員会の自宅で4名、学校の廊下ででもこの、人肉を食いちらかしたのである。
正に、人肉大宴会である…
参照ホームページ
『中国では食人の風習 食人宴席―抹殺された中国現代史』
中国の人食文化
つい最近、ネットで中国においては胎児が食べられているという記事をみて驚いた。胎児を切り刻み、料理している画像付きのものでとても気持ち悪いものであった。
以前、本で清代に親の結核を治すために、その息子が自分の股の肉を切り取って食べさせていたというのを読んで、カルチャーショックを受けたこともあった。
作家の黄文雄や小室直樹もカニバリズム(人食い)が中国の文化の特徴だと述べていた。
孔子は弟子の子路が斬り殺されて切り刻まれ「なます」にされたとき、塩漬肉を食べるのを断ったという。
また、ある村に役人が巡察にやってきたとき、貧しい家の娘がもてなすのに自分を食べさせたという。これは夜伽ではなく、油をたぎらせた大鍋に裸身で飛び込んで自らを空揚げにしたのである。こういう記録がいっぱい残っているのだ。
正史にさえ、飢饉の時は共食いが行われたことが百回以上も記録されている。北京原人の化石にさえ、骨が焼かれた痕跡があるので共食いが推測されている。
中国の亡命作家鄭義の『食人宴席』(カッパブックス)に数十年前の文化大革命時の広西での9万人の虐殺と食人犠牲者を調査した結果をまとめている。とても酷たらしい内容である。何の罪もない人が批判糾弾され、殴殺され、肉を削がれ、肝が切り取られ、人肉料理の宴会が始まるのである。
中国人は、殺しても憎しみが消えず、さらにバラバラにして食ってしまうのである。
これらから、A級戦犯靖国合祀問題に関する中国のしつこさが分かるような気がする。日本では死んだら神様になるが、中国では憎い死者を食わなければ気が済まないのだ。
中野美代子の『カニバリズム論』(福武文庫)に魯迅の「狂人日記」や「薬」の作品がカリバニズムとして紹介されている。さらに「戦国策」には主君が人肉が食ったことがないので、料理人が我が子を蒸して献じた話もある。元代の優れた学者のエッセイに、人肉の味は「小児を以て上となし、婦女これに次ぎ、男子またこれに次ぐ」と言って人肉料理法をしるしている。
宋代の「鶏肋編」によれば、「子どもの肉は骨ごとよく煮える、女の肉は羊よりもうまい、男の肉はたいまつよりまし」となっている。
人肉一般は「両脚羊」と呼ばれ、市場で売られていたのだ。
現代の中国人は、子どもの肉より胎児の肉がうまいことを発見したのかもしれない。
日本が人食い文化の中国と親しくやっていくには、深い河がありそうだ。
文化大革命の時、中国各地で階級闘争を大義名分に「走資家」や「四類分子」と呼ばれた無辜の民や党の実務者達が、恨みや妬みをもって糾弾会で吊るし上げられ、生きたまま腹を割かれ、扇動者が心臓や肝臓を鷲掴みにした。
次に説明しなくてはいけないのは広西大虐殺であろう…
その中でも有名なのが、武宣中学喰人宴会ではなかろうか?
生きたまま、はらわたを抜かれた学生…そして、中学校校庭で行われた人肉宴会。
1968年6月18日には3件の喰人宴会が開かれた。撲殺され肝は薬用として食われたのだ…
殺されたのは、図工の先生で、殺され、学生達が見守る中、数人の先生に川岸へと運ばせた。ある生徒が包丁を先生に渡し、肝を取り出すように命令した。もし、やらなければ自分も食われると思った先生達は肝を取り出したのであった…
もちろん、肝以外にも肉を取られ、学校食堂で7,80人、革命委員会の自宅で4名、学校の廊下ででもこの、人肉を食いちらかしたのである。
正に、人肉大宴会である…
参照ホームページ
『中国では食人の風習 食人宴席―抹殺された中国現代史』
中国の人食文化
つい最近、ネットで中国においては胎児が食べられているという記事をみて驚いた。胎児を切り刻み、料理している画像付きのものでとても気持ち悪いものであった。
以前、本で清代に親の結核を治すために、その息子が自分の股の肉を切り取って食べさせていたというのを読んで、カルチャーショックを受けたこともあった。
作家の黄文雄や小室直樹もカニバリズム(人食い)が中国の文化の特徴だと述べていた。
孔子は弟子の子路が斬り殺されて切り刻まれ「なます」にされたとき、塩漬肉を食べるのを断ったという。
また、ある村に役人が巡察にやってきたとき、貧しい家の娘がもてなすのに自分を食べさせたという。これは夜伽ではなく、油をたぎらせた大鍋に裸身で飛び込んで自らを空揚げにしたのである。こういう記録がいっぱい残っているのだ。
正史にさえ、飢饉の時は共食いが行われたことが百回以上も記録されている。北京原人の化石にさえ、骨が焼かれた痕跡があるので共食いが推測されている。
中国の亡命作家鄭義の『食人宴席』(カッパブックス)に数十年前の文化大革命時の広西での9万人の虐殺と食人犠牲者を調査した結果をまとめている。とても酷たらしい内容である。何の罪もない人が批判糾弾され、殴殺され、肉を削がれ、肝が切り取られ、人肉料理の宴会が始まるのである。
中国人は、殺しても憎しみが消えず、さらにバラバラにして食ってしまうのである。
これらから、A級戦犯靖国合祀問題に関する中国のしつこさが分かるような気がする。日本では死んだら神様になるが、中国では憎い死者を食わなければ気が済まないのだ。
中野美代子の『カニバリズム論』(福武文庫)に魯迅の「狂人日記」や「薬」の作品がカリバニズムとして紹介されている。さらに「戦国策」には主君が人肉が食ったことがないので、料理人が我が子を蒸して献じた話もある。元代の優れた学者のエッセイに、人肉の味は「小児を以て上となし、婦女これに次ぎ、男子またこれに次ぐ」と言って人肉料理法をしるしている。
宋代の「鶏肋編」によれば、「子どもの肉は骨ごとよく煮える、女の肉は羊よりもうまい、男の肉はたいまつよりまし」となっている。
人肉一般は「両脚羊」と呼ばれ、市場で売られていたのだ。
現代の中国人は、子どもの肉より胎児の肉がうまいことを発見したのかもしれない。
日本が人食い文化の中国と親しくやっていくには、深い河がありそうだ。
これは メッセージ 162564 (konpeitou_1966 さん)への返信です.
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