Re: 日本の、強いとは・・・? -味わい深い
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n_d 投稿日時: 2008/05/02 11:10 投稿番号: [161544 / 196466]
この投稿は、後ろから読んでいくと「心の叫びが聞こえる」と言うか「味わい深い」ものがありますね。
(「俺・・良いこと言っているんだぞ。偉大なんだぞ。すごいだろう。」ですら、「本心からの心情の吐露」です。普通の人には恥ずかしくてとても真似が出来ませんが。)
>それは度量の問題であり、中国が本当に強くて自信があるのなら、相手に対して柔らかく穏(おだ)やかに、温厚な態度で粘り強く、我慢強く、そして謙虚な姿勢で話し合うことができるのだ。むやみに、人を殺さない。人肉を食べる必要などないのだ。
「チャイナ(チャイニーズ)の弱さ」や「日本(日本人)の強さ」の本質も理解していますし、「破滅のパターン」すらちゃんと分かっています。
>日本や日本人がオノレの強さを自覚しないで暴走するなら、時を待たず、やがて破綻し、自滅するのも時間の問題
ただ、惜しいことに結論が間違っています。
「弱い者」とは要するに「負けた者」のことですが、誰しも全勝するわけではなく勝ったり負けたりする中で「長く生き残り繁栄を築き上げた者」が「勝者」であり「強い者」です。
チャイニーズがなぜ弱いかと言えば、(弱い)チャイニーズだからこそ「誰も倒せない絶大な権力」を手に入れれば「永久の繁栄が手に入る」と思い込むわけですが、それこそが「滅亡の罠」だとまるで学ばず「何千年も滅亡を繰り返す」ことです。(まるで「火に飛び込む蛾」のようです)
その結果、チャイナの繁栄は「常に刹那的で享受する層もごく狭く」、絶頂期は驚くほど短く「内部の腐敗と怨嗟にまみれながら破滅に突き進んで」いきます。
それが「負け続けるチャイナ」の姿です。
日本の場合は、例えば江戸時代でも特権階級であるはずの武士でさえ貧乏人のようであり、商人に頭が上がらず、こっそり町人文化を楽しんでいますし、鎖国の中で皆が苦しみを共有しながらも「四季折々や日常のなにげないことに楽しみを見出す」才能にあふれていました。
「日本にやってきた海外の見識者が褒め称えてきたもの」はまさに「それ」ですし、繁栄という面でも世界的にも当時100万都市を持っていたのは、海外進出や産業革命著しいイギリスと、鎖国の日本だけでした。(さらに江戸は用水路や下水路をもち、市民が清潔を保ち、疫病対策も行き届いた唯一の都市でした)
「民が飢え疫病に苦しむ中、一部の特権階級が栄華を誇る」のが繁栄ではなく、一見「貧乏でも多くの国民がともに平安に暮らせる」のが繁栄だと言うことです。
(ちなみに「平安(靖国)」こそが天皇家のテーマであり、「個人的利益のためにそれを妨害する幕府政府」は結局「日本では長期的に存在できない」ようになっています)
そして、前の戦争においても「結果的に目的を勝ち得たのは日本だけ」です。
「現在のチャイナの繁栄や日本の状況」が歴史的にそこから逸脱したものかと言えば、まさに「セオリー通り」です。
「チャイナの破滅」ももはや約束されていますし、日本人もバブルの頃には「日本らしさ」など「古臭いし捨て去ろう」とすらしていましたが、「その価値を理解し護ろう」とする人が増えてきました。(バブルの頃の風潮がいままで続いていたら本当に日本文化は壊滅していたかもしれません)
(「俺・・良いこと言っているんだぞ。偉大なんだぞ。すごいだろう。」ですら、「本心からの心情の吐露」です。普通の人には恥ずかしくてとても真似が出来ませんが。)
>それは度量の問題であり、中国が本当に強くて自信があるのなら、相手に対して柔らかく穏(おだ)やかに、温厚な態度で粘り強く、我慢強く、そして謙虚な姿勢で話し合うことができるのだ。むやみに、人を殺さない。人肉を食べる必要などないのだ。
「チャイナ(チャイニーズ)の弱さ」や「日本(日本人)の強さ」の本質も理解していますし、「破滅のパターン」すらちゃんと分かっています。
>日本や日本人がオノレの強さを自覚しないで暴走するなら、時を待たず、やがて破綻し、自滅するのも時間の問題
ただ、惜しいことに結論が間違っています。
「弱い者」とは要するに「負けた者」のことですが、誰しも全勝するわけではなく勝ったり負けたりする中で「長く生き残り繁栄を築き上げた者」が「勝者」であり「強い者」です。
チャイニーズがなぜ弱いかと言えば、(弱い)チャイニーズだからこそ「誰も倒せない絶大な権力」を手に入れれば「永久の繁栄が手に入る」と思い込むわけですが、それこそが「滅亡の罠」だとまるで学ばず「何千年も滅亡を繰り返す」ことです。(まるで「火に飛び込む蛾」のようです)
その結果、チャイナの繁栄は「常に刹那的で享受する層もごく狭く」、絶頂期は驚くほど短く「内部の腐敗と怨嗟にまみれながら破滅に突き進んで」いきます。
それが「負け続けるチャイナ」の姿です。
日本の場合は、例えば江戸時代でも特権階級であるはずの武士でさえ貧乏人のようであり、商人に頭が上がらず、こっそり町人文化を楽しんでいますし、鎖国の中で皆が苦しみを共有しながらも「四季折々や日常のなにげないことに楽しみを見出す」才能にあふれていました。
「日本にやってきた海外の見識者が褒め称えてきたもの」はまさに「それ」ですし、繁栄という面でも世界的にも当時100万都市を持っていたのは、海外進出や産業革命著しいイギリスと、鎖国の日本だけでした。(さらに江戸は用水路や下水路をもち、市民が清潔を保ち、疫病対策も行き届いた唯一の都市でした)
「民が飢え疫病に苦しむ中、一部の特権階級が栄華を誇る」のが繁栄ではなく、一見「貧乏でも多くの国民がともに平安に暮らせる」のが繁栄だと言うことです。
(ちなみに「平安(靖国)」こそが天皇家のテーマであり、「個人的利益のためにそれを妨害する幕府政府」は結局「日本では長期的に存在できない」ようになっています)
そして、前の戦争においても「結果的に目的を勝ち得たのは日本だけ」です。
「現在のチャイナの繁栄や日本の状況」が歴史的にそこから逸脱したものかと言えば、まさに「セオリー通り」です。
「チャイナの破滅」ももはや約束されていますし、日本人もバブルの頃には「日本らしさ」など「古臭いし捨て去ろう」とすらしていましたが、「その価値を理解し護ろう」とする人が増えてきました。(バブルの頃の風潮がいままで続いていたら本当に日本文化は壊滅していたかもしれません)
これは メッセージ 161532 (nihao_aq_ip さん)への返信です.
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